December 26, 2005
「おーい!キクチ隊長」終了のお知らせ
おーい!キクチ隊長 by Car@nifty編集部
みなさまにご覧頂いておりました。「おーい!キクチ隊長」のコーナーはCar@niftyコンテンツ再編のため2005/12月末日をもちまして終了することとなりました。
2006/1月からは別の企画を計画中ですので今後ともよろしくお願いいたします。m(_ _)m
※1月からは動画コンテンツおよびポッドキャスティング配信を行う予定です。
text by Car@nifty編集部 | 2005.12.26 | [ おーい!キクチ隊長 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
November 24, 2005
第12回(最終回):鮪蔵との甘い日々、これから
出会いから溺愛へ、親バカへの軌跡全記録 by shibizou
こうして鮪蔵との安住の地を手に入れた私であったが、機械式駐車場というのはなかなか難しいものであると実感する日々でもある。
まず、平置きならあり得ない「出庫待ち」にブチ当たってしまうのだ。うちの駐車場は、パレットを呼び出してから出てくるまでに余裕で5分くらいの時間がかかる。タイミングが良ければいいのだが、駐車場に行った途端に別の住人が操作板に今まさにキーを差し込んでパレットの番号を打ち込んでます、という瞬間によく遭遇する。そこは集合住宅に住む宿命で、笑顔で「ごゆっくりどうぞ」と待っていなければならない訳だが、この待ち時間がとてつもなく長く感じる。
そして、前回もちらっと書いた通り、車を車庫から出して路上に出るまでにまた時間がかかる。
そして高速に乗ろうとすると、バカナビは何処が目的地であろうと、必ず同じ入り口に行けと指示を出してくる。ムカつくが、私はまだまだ残念ながらこの辺の道路事情に詳しくない。なので、毎度おとなしくナビの言う事に従わざるをえない。
それでもめげずに私と鮪蔵は、新しいお散歩スポットを探す日々を送っている。
と言いつつ、今一番お気に入りの散歩コースは首都高だったりする。
前より住処が都心に近くなったせいもあって首都高に乗る機会が増えたのだが、以前は「狭い怖い絶対乗りたくない!」と思っていた道なのに、一度乗ったらこれが楽しくて楽しくて仕方ない。
思えばそうだ、まだアメリカにいた頃、一時帰国して空港からタクシーでホテルに向かう時に乗る度に「いつかは鮪蔵と走ろう」と怖々ながら決意していた約束を、今の住処に引っ越してやっと果たした事になる。
昼でも夜でも楽しい。ボストンにはあり得ない遊園地の様な街並の中を、私と鮪蔵は、一緒にジェットコースターに乗っているかのような気持ちで通り抜ける。景色はちょっと違うけど、ボストンのストロードライブを思い出させる曲がりくねった狭い道でもある。
自然を堪能したい時は、茨城まで足を伸ばす。偶然見つけた小高い山からの景色がとてつもなく良い。対向車も後続車もまず殆ど無いので、途中途中鮪蔵を止めながら写真を撮りながらのドライブが出来る。直近の写真ではないが、この景色に巡り会った時、私は、鮪蔵を日本に連れて来て良かったと心から思った。
マサチューセッツも、ニューイングランドもそれは素晴らしい景観が沢山ある所ではあったが、日本には日本の美しさがある。道が狭いからこそ、木の枝に触れながらのドライブも出来るし、木の枝のトンネルをくぐり抜ける事も出来るし、車体と花がこすれたりすることもある。
鮪蔵に寿命が来るまで、あとどのくらい日本のあちこちに連れて行けるのだろうかと思いあぐねる。
せっかく連れて来たのだから、鮪蔵が日本に来て良かったと思える生涯を送って欲しいのだ。
今は、私の仕事の関係で、その時間の殆どを駐車場の中で過ごす生活を強いてしまっているが、その分を週末に取りかえす。
そして、この連載中の10月5日、鮪蔵は5歳の誕生日を迎えた。
5周年だし、ということで、私は鮪蔵へのお誕生日プレゼントとして全塗装をかけた。
もちろんその間、鮪蔵とのドライブはおあずけだった。部屋に帰って来ても真下に鮪蔵がいないという生活はとても寂しかった。しかし、5年という年月、そのうち10か月は屋外駐車を強いたせいで痛んでしまった鮪蔵が美人に戻る為なら、と、耐えた。
塗装が終わったのは10月15日だった。
カーショップの人は納車してくれると言っていたが、敢えて私は鮪蔵を迎えに行った。そうしたら、ショップのガレージの一番目に付く所で鮪蔵はちんまりと私を待っていた。ぐるりと360度、鮪蔵の周りを歩いた。特徴になっていたリアバンパーの傷も、駐車がヘタなせいでこすってしまった左フロントドアのバンパーも、左リアドアの凹みも綺麗に直っていた。新車同然に生まれ変わっていた。
嬉しくて飛び上がる程だったが、あいにく、その帰り道は夜でしかも視界がとても悪くなるほど強い雨の日だった。塗装したての鮪蔵をこんな天気の中連れて帰るのは嫌だったが、だからと言って天気が良くなる日を待って引き取るなんて寂しい事はしたくなかったので、その日に連れて帰った。
が、ここでまたバカナビが活躍してくれた。都内を走っていれば家に到着するはずなのに、気が付いたら埼玉まで行っていたのだ。あり得ない。しかも視野はどんどん悪くなっていく。塗装をかけてもらっている間のブランクを考えると危険なドライブだったが、何とか頑張って家にたどり着いた。
そして、久々に鮪蔵は自分の家に戻った。もちろん一度で私がパレットに収められる訳がなく何度も切り返したが。
シャッターを降ろす瞬間がとてつもなく侘びしい。この寂しさは何度やっても慣れない。シャッターが降りきるまで私は鮪蔵に手を振る。その光景を目撃されたらきっと変な人だと思われるだろうが、私は構わない。そのくらい鮪蔵が好きでたまらないのだ。
シャッターが降りてもなかなか駐車場を離れられないのが現状だったりするのだが、涙を飲んでいつもその場を離れる。その場を離れても、鮪蔵は私の部屋の真下まで、すぐ近くまで来てくれるのだからいいのだ。視覚的に確認出来なくても、この床のすぐ下に鮪蔵がいる、そう思うだけでとてつもなく暖かな気持ちになれる。
ひとつ残念なのは、鮪蔵がいるパレットが、リビング側ではなくキッチンやバスなどの水回り側にあることだ。故に、平日に鮪蔵と一番近くにいれるのはお風呂の時だったりする。湯船に浸かりながら下の方に向かって「鮪蔵〜」と手を振る私はきっと変だろう。でも、それでもいいのだ。
これからずっと、お互いどちらかの寿命が来るまで私たちは一緒だ。他のライターの方達の運転歴、車歴に圧倒されながらの連載だったが、私は、鮪蔵の最初で最後のオーナーとなり、そして、鮪蔵が最初で最後の車だと決めている。他の車では、同じシビックでもダメなのだ。鮪蔵でなければ私は嫌なのだ。
この親バカ連載を最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
そして編集部の皆様、この素晴らしい機会を与えて下さって、ありがとうございました。
銀の左ハンドルのシビックと何処かですれ違ったら、確実にそれは私と鮪蔵です。どうか、暖かく見守ってやって下さい。
text by shibizou | 2005.11.24 | [ 出会いから溺愛へ、親バカへの軌跡全記録 ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
November 22, 2005
第12回(最終回):リベンジでマインツ・フランクフルトがいっぱい
レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko
幻の大聖堂
ニュルブルクからケルンへは、そのまま一般道の続きを行けばアウトバーンに乗れるようなのですが、迷わずに行きたいので一旦コブレンツまで戻り、最初に来た道からアウトバーンに入りました。道程は地図で60kmほど、1時間あれば十分着ける距離です。幸いアウトバーンも空いていて、さっきサーキットで思いがけなくもこの小さなPUNTOの実力を見たので、ここは存分に力を発揮して貰いました。
ところでアウトバーンは概ね直線で、これまで全く大きなコーナーは無かったのに、初めて手前から弧の先が見えるようなかなり大きなカーブに差し掛かりました。周りには何台かの車が走っていて、PUNTOはその中でも一番小さい車だったのですが、コーナーの途中気付くとPUNTOが集団から突出して先頭に出ています、というより周りの車がミラーから明らかに一斉に後退し始めたのです。メルセデスもいたのに何故?後にパトカーもいないし、まさかオービス、などと不安になりましたがそのまま走行。その後直線になったら並ばれて適当に抜かれましたが、今もこの時PUNTO君の心意気を示すかのようにコーナーを頑張って独走している光景がはっきりと思い出せます。ひょっとしてアウトバーンはカーヴが少ないのでドイツ人って案外コーナーが苦手なのかも、なんて憶測したり、、まさかそんな事はねぇ^^。
さて、間もなく’ケルンこっち、の標識が出てアウトバーンを降りケルンの街に入りました。
アウトバーンから既にドーム(大聖堂)が見えていましたから、あれを目指して行けばいいのね、と街を適当にドームに向かって走り始めたのですが、これがまっすぐの最短距離と思って行った大通りが全然違う方向に向かっていたり、一方通行で迂回させられたり、河(ドナウ)の橋を渡ってしまいドームと反対側に出てしまったり、電車の線路に阻まれたりと、1時間近くも街をぐるぐる周回走行。さっき周回したニュルブルクリンクの2周ぶんくらい走った感じです。やがて偶然どこかで旗門を通過したのか、ようやくドームに確実に接近していく道に辿り付く事が出来ました。モンスターのような1対の尖塔のある建物がにわかに大きくなり、その全容が見える辺りで、傍の地下Pに車を停めました。出て見ると、ドームはケルンの駅に通じるコンコースを下から突き上げたように立ちそびえています。入口らしい所を探して入ろうとすると、えっ、今日はもうクローズ!入口の堅そうな木のドアがピタリと閉まっていたのです。;;)あ~、折角日本から此処まで来たのに、こんな事って・・(絶句)。仕方なくあきらめ、建物の周りをまわって周囲を見物するだけです。前回おことわりしたように画像はVTRバッテリー切れで映せませんでしたので、詳細はこちら(ドームのHP)でご覧下さい。英語版でバーチャルツアーもあります。
このドームは1248年にキリストの骨(要は仏舎利ですね)を保存するために建てられたとかで一応の完成が1880年。一部足場が立っていて、改修かと思いきや、いまだに未完成で何処かを建築中らしいのです。ガウディーで有名なスペインのサグラダファミリア教会も同じようですけど、随分気の長い話ですね。しかしHPで見る荘厳できらびやかな内部と違い、数百年の経年に加え、おそらく酸性雨の影響か外壁は真っ黒で剥離の痕跡が著しく悲壮な姿です。これでは完成させる工事以前に改修工事のほうが先決と思えますが、、ともかくドームを見上げただけで拝観終了。ニュルブルクリンクを走りに行った代償がこんな形で来るなんて、やはり二兎は追えないですね。
ドームから下のケルンの駅に降りると、そこはドームの歴史的な雰囲気と一転して近代的な駅ビルのショッピングセンターになっていました。どの店先にも入口には香水売り場が設けられています。それもその筈、オー・デ・コロンの語源はケルンの水<そのままですが^^(コロンはケルン(Köln)のフランス語読みなのでしょう、)、この元となった原水「No4711」<製造者の住所らしい、、という名のオーデコロンは特に大々的に並べられています。ビンを見ればきっと、あ、これか、と思う方も多いと思います。、あ、ウチにも確かミニチュアビンが。しかしこれが世界最初のオーデコロンだとは此処に来るまで全然知りませんでした。ビンにはドイツ語でちゃんとKOLNISCH WASSER(ケルンの水)と書いてあります。ところで香水の話は女性の話題と思われますが、この原型のオーデコロン「No4711」って(私の亡祖父も使っていましたが)実は男性用なんですよね。
(画像:№4711ミニチュアビン)
ドームに入れなかった私達は、憂さ晴らし何か代わりにと、ドーム脇の有名なビアレストランに入って夕食を食べ、帰路に着きました、、と書きたいのですが、此処からが困った事に高速に入る道が分らないのです。来た時に散々迷って偶然着いたようなモノなのですから、どこをどう走ったのか、人一倍方向感覚の良いナビ君も全く覚えていません。幸い此処はヨーロッパ、暮れかかっているとはいえまだ外は明るくて、点灯しなくても建物や景色が見える状態で、その中ナビ君の勘だけを頼りに、またしてもあっちこっちと走り回り、こんな寂しい道、というような街外れの道を辿って行って、万国共通の緑色の標識を見つけた時の嬉しかったこと!右も左も分らない海外で日暮れて道を迷う事ほど不安な事はありません。アウトバーンに乗ったらようやくほっと一安心、今まですっかり点け忘れていた前照灯のスイッチをON。
リベンジマインツ
一体何をリベンジ、と思われるかも知れませんが、ホテルに戻ってダイニングでワインを飲みつつミニ反省会。ケルンの大聖堂が見れなかった上に画像も撮れなかったし、、明日はもう50kmほど先のフランクフルトに行ってレンタカーを返せば良いだけ、時間はいっぱいあるので他に此処から行ける近間の観光地を探す事にしたのです。部屋に戻ってガイドブックを見ていたナビ君が此処に行こうと提案したのがマインツでした。
「マインツ?それって何処、何があるの?」
ガイドブックに拠ると今日見れなかったケルンの大聖堂ほどではないにせよ、有名なドイツ3大聖堂(ケルン・トリーア・マインツ)の1つがあるというのです。街の地図も一応載っているし、ルートもフランクフルトに行く途中だとか。OK!じゃ、そこに行きましょう。
翌朝、チェックアウトを済ませすっかり慣れた道をアウトバーンに向かいました。ほどなく着いたマインツはケルンほどの大きな街ではなく、迷わずに街の中心に入り、Pも直ぐに見つかりました。ドイツの小ぶりの観光の街という感じで、分りやすくて安心です。
早速見物に。今日は画像いっぱい撮っても大丈夫!(でも、これが昨日だったらもっと良かったんだけど、、)。
(画像:マインツの中心街:ちゃっかり筆者^^;)
そしてドームもしっかり街の中心地に建っていて見えてて近い、オマケにちゃんと開館しています^^。チケットを買って中に入りました。(此処も工事中でした)、中にはちょっと異様な彫刻類、、ドクロの付いた彫像が何個もあるのです。また此処は活版印刷の父グーテンベルグが印刷を行った所とか、その博物館は見学しませんでした。
外に出て街をぶらつき、カフェで少し早い昼食を取りました。この街は小さいながら明るいイメージで商店の数が多く活気があります。カフェも何処に入るか迷うほど。観光地としては物足りないかもしれませんが、不慣れな旅行者には手ごろな街です。
フランクフルトがいっぱい
マインツの街を後に、ドイツの旅の終着地、フランクフルトに向かいます。
そしてドライブ旅行も、もうこのフランクフルトに行くルートを残すだけになってしまいました。
そう思うと少し寂しい気もします。ラッキーにも4日間無事で此処まで来られましたが、車を返すまでまだ何があるか分りませんのであと少し、気を引き締めて行きましょう。
と思いつつ、再びアウトバーンに乗って暫く、、え?えええっ!標識にコブレンツってあるけど、ひょっとして、、まさか!そう、そのまさかで逆行していたのでした。ともかく一旦どこかで降りなくては、と簡単にUターン出来そうな出口を出てUターン。ふぅ、やはり最後まで気を抜いてはいけませんね。
さてこれでもう心配無用。フランクフルトは大都市なので出口を見逃す事も無いでしょうし、、周囲の景色が都会風になってきてそろそろ名前が、、あ、出て来た!
FRANKFURT・・・・・、FRANKFURT++++、FRANKFURT****
あれ、出てくる度に後の部分の字が違うけど、・・・
そして極め付き、目の前に見えた特大の標識には、何とフランクフルトの付いた名前がいっぱい!
一応フランクフルトエアポートは違うと思うけどあとは何?どれが本物のフランクフルトなの、何処の出口で降りればい良いの、と迷っている間にもフランクフルト何某と5つくらい名前の書かれた標識と最初の出口が迫って来ます。早く決めなきゃ、、わ~~(パニック状態)、えいっ、もう真ん中辺りで降りよう!
という事で2つ目くらいの標識の出口で降りてみました。降り口から車がたくさん進むほうに少し走っていると分かれ道の標識にStadtmit(中心街)、あ、こっちだ!
旅の終わりは次の旅の始まり
次第に車が増え、ビルが立ち並ぶ都会の街並み、高層のビルも目に入るようになりました。そして目の前に今日泊まるホテルの名前を書いたビルが見えてきました。
見えていてなかなかたどりつかないケルンと違って、今走っている道はまっすぐ中心街に向かい、そのままこの旅の終わりにも向かっているのです。ホテルのすぐ脇を通ってもう数ブロック先がフランクフルトの中央駅、此処の中のレンタカーショップが終点です。
付近を周って場所を確認した後、道沿いのGSで給油。ホテルのPに一旦停めて荷物を降ろし、チェックインした後皆で駅に車を返しに行きました。駅の前の道路に車を停め、ショップのスタッフに返却に来た事を告げて書類とカギを出すと、地図を見せられ、車をこのPに停めてくるようにと言われました。駅の横にある大きなPで、場所はすぐにわかって中に入ったものの、どのスペースに停めて良いのかわからず適当に空いている場所に停めました。さ、これでドライブの旅はお終い。4日間私たちを乗せてくれたPUNTOともお別れ、明日の今頃私達はもう違う国に立っているでしょう。借りた時と変らないきれいな水色の車はとても3人を乗せてサーキットまで走ったとは思えない涼しい顔つきですが、気のせいか借りた時より少し誇らしげに見えました。
(画像:登場人物)
(画像:フランクフルトのホテルより)
エピローグ
車を停めて再び駅のショップに戻ってキーを差し出すと、さっきの女性スタッフは書類に判を押して、はいっ、とばかりに戻して来ただけです。え、これでもういいの?ちょっとほっとした気持ちでドアの外に歩き出す私の頭にふと、あのパリのレンタカーの後引きの一件がよぎりました。ちゃんと元の姿で返却し判も貰っているのですが、後になって何か指摘されたら、、此処できちんと確認しておかなくちゃ、と、歩き出している2人に待ってて、と言ってレンタカーショップのオフィスの入口に戻ると、接客中のさっきの女性スタッフがこっちを見たので、聞こえるようちょっと大きな声で言いました。
「ノートラブル、ノープロブレム!」
彼女は笑ってうなずきながら、わかった、という合図のように小さく右手を上げました。
今回のご教訓と反省
12回にわたり稚拙な文章とピンボケ&暗い画像でおおくりしたコラムを
広い心でお読み下さった皆様、コメントやTBを入れて下さった方々、
そして此処に書く機会を下さったcar@niftyのスタッフの方々に感謝を込めて。
有難うございました。m(__)m
iraneko
text by iraneko | 2005.11.22 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)
November 17, 2005
第11回:親バカクライマックス
出会いから溺愛へ、親バカへの軌跡全記録 by shibizou
鮪蔵が日本に来て屋外駐車を強いた時から覚悟はしていた事だが、外に止めっぱなしにしておくことで受けるダメージは想像を超えていた。
内装に関しては、カーショップであれこれ日よけ対策グッズを買ったりしたり、アメリカから持ってきたアーマーオイルが染みこんだペーパータオルで拭いたりして凌いだが、外装に関しては全くをもって手が打てなかった。
幹線道路沿いの駐車場に止めていたので車体がすぐ埃だらけになる。そこに雨が降るとすぐに泥の水玉模様がつく。
そして暑い夏が来て、鮪蔵の塗装に細かいヒビが入ってきたのを見つけた。強い日差しにやられたらしい。このまま屋外駐車を続けたら、かわいい鮪蔵はどうなってしまうのか、それを考えるといてもたってもいられなかった。
一日でも長く綺麗な姿のままの鮪蔵でいて欲しい、そう思い詰めた私は屋内駐車場を借りることを考えたが、今の生活資金では毎月とてもそんな出費は出来ない。
そこに、昨今の独身女性のマンション購入ブームの話が聞こえてくる。そうだ、マンションならうまい物件を見つければ、今払っている家賃並のローンの支払いで買えるだろうし、屋内駐車場が付いてくるだろう、そう考え、帰国して半年も経たないタイミングで、私は物件を探し始めた。
しかし、最初のうちはやはり躊躇しながらだった。どのくらいの予算の物件だったら今の家賃程度の出費で抑えられるのか、自分の手が届くのか、そしてなるべくなら、通勤時間も今より短くしたい、そういう私の都合に合う物件なんてこの世にあるのか、と思っていたら、探し始めて5ヶ月後、夢の様な物件の話が私の耳に飛び込んできた。
最初は、駐車場完備という物件の資料請求をしたのだが、それについては全く連絡が無く諦めていた年が明けたある土曜日だった。私が資料請求したマンションの近くに別の物件が建ったので、それを見学に来ないかという話だったのだ。よくよく話を聞くと、私が最初に興味を持ったマンションの駐車場は屋外で、しかし、その時案内された物件の駐車場は、全戸分は無いとはいえ屋内駐車場なのだという。
自走式でないことがひっかかったが、私は次の日に見学に行くことを約束した。そして迎えた日曜日、現地に赴いた。とにかく駐車場を早く見せてくれという私を制し、担当者が説明を始める。いや、とにかく私のプライオリティは駐車場なんです、と言うと、マンション全体の間取り図を見せてくれた。それを見て激しく心が動いた。何と、立体駐車場の上に独身女性向けの部屋があるではないか。つまり、鮪蔵を空中に止めておくという危険はあるが、そのパレットが部屋のすぐ下に、つまり、鮪蔵の上で毎日の生活を送れるという事なのだ。アメリカにいた時など、同じ敷地の中に駐車場があっても歩いて5分かかるとかそんな遠くに鮪蔵を置いての生活だったのに、この物件を買えば、その距離は駐車場の天井と部屋の床下を足しただけのわずか数メートルになる。しかも都合が良いことに、その駐車場の真上の部屋にはまだ買い手がついていないという。早速部屋を見せて貰ったが、この間取りがまた良かった。通勤も、駅まで歩く距離は長くなるが、オフィスまでドアtoドアで40分という短さ。お風呂も広い、キッチンも広い、何より、一番上の駐車パレットを借りれば鮪蔵と至近距離で生活出来る。そして、計算して貰った月々のローンと管理費と駐車場料金の合計が、今払っている家賃と駐車場代より1万円強安くなる。そんなおいしい物件を買わずにいられるだろうか。
私は即決した。鮪蔵と自分、両方の為に、これほどの物件は、これ程鮪蔵と近くにいられる物件にはもう巡り会えないだろうと思い、その一カ所を見ただけで決めてしまった。
契約に入るとなると、担当者よりもっと偉い人が登場し、お礼を述べてくれた。その人の耳に、私の駐車場に対する固執ぶりが相当大げさに伝わっていたらしく(実際部屋はどうでもいいから駐車場を必ず貸して欲しいとばかり言っていたいのだが)、「では、お客様が駐車場に住んで、お車をお部屋に止めておくというのでもいいのですね」という冗談を言われてしまった。ええ、その位の勢いでないと、駐車場借りたさにマンションを買うなんてバカは致しませんから、と言い返したかったがその場は笑って事を納めた。
次にそのマンションに足を運んだのは内覧会の時だった。施工業者が部屋についての説明をしてくれた。そして、今のうちに直して欲しいところがあれば言って欲しいというので、「このすぐ下が駐車場なので、床をブチ抜いて車のパレットがここまであがってくるようにはしてもらえませんか?」と言ったら、「さすがにそれは出来ません」と言われてしまった。しかし、車好きなら誰もが車をリビングに置くことを夢見るだろう。その夢を語ったまでの事だったのに。
そして迎えた本契約の日。あまりの書類の多さに辟易したが、鮪蔵の為だと、可愛い車の為なのだから一生懸命サインしてハンコを押しますと担当者に言って笑いを取ろうと思ったら、担当者が苦笑いをしながら口を開いた。
「他のお客様はむしろ、この物件の交通の便の良さが気に入って購入をお決めになって、頭金の足しにする為に車を手放されるケースが多いんですよね・・・」
そのセリフのとおり、抽選だからどうなるかわからないと言われた駐車場はあっさり契約出来、しかも、入居して間もなくは他に車は殆ど止まっていなかった。
そして引っ越し当日。帰国して1年と2日目の出来事だった。
家具を引っ越し業者の車に搬入してもらい、私と鮪蔵もマンションに向かった。
そして案の定、初めての機械式駐車場の操作に戸惑った。一番戸惑ったのがターンテーブルだ。どのくらいの角度まで回せば具合良く鮪蔵をプレートに納められるのかわからないので適当に回して止めた。
プレートは相当狭い。そして、鮪蔵は北米仕様車なのでミラーが畳めない、ということは、かなりきっちりプレートの真ん中に止めないとミラーがどこかにぶつかって折れてしまう可能性がある。が、この私に一発で真ん中に止める技術など無い。
恥をしのんで5,6回は切り返したが、最後にうまく止められたときの感動はたとえようが無かった。
「鮪蔵、今日からここがお前のおうちだよ」
そう語りかけながらも、頭の中から取れない罪悪感があった。
劣化しながらも、鮪蔵は、ひょっとしたら屋外駐車を楽しんでいたかもしれないという思いがあったからだ。四季を楽しんで、昼は雲を見て、夜は月と星を見て、たまに通り過ぎる鳥や猫や散歩中の犬を眺めたり、大雪を被ったり、そんなふうに鮪蔵なりに楽しい生活を送っていたのではないかと。
それが一転して、一日中真っ暗で、不安定な宙に吊られる生活を強いてしまう。果たしてこれは鮪蔵にとって幸せな生活なのかと考え込んでしまった。
鮪蔵に長生きして欲しいというのは完全なる私のエゴだ。他の人は「そんなに愛されて幸せな車だ」と言ってくれるが、果たして鮪蔵は、広いアメリカの道ではなく、窮屈な東京暮らしを満足に思っているのか。ボストンに置いてきて、オーナーが誰になろうと、あの景色を見てその生涯を全うした方が良かったのではないか、今もそう考えてしまうことがある。
しかし、何はともあれ、鮪蔵と私は、お互いの安住の地を手に入れた。
私の部屋のすぐ下に鮪蔵がいる、その満足感はもう手放せたものではない。
だが、そのマンションの立地故に重大な欠点がある事に住み始めてから気づいた。目の前の道路が大きい故に、駐車場から路上になかなか出られないのだ。車がとぎれるのを待っていたら何年経っても出られないので、毎度毎度仕方なく歩道に車体を出し、車の隙間に鼻先を突っ込んで路上に出たい事をアピールし、譲ってもらうという生活をしている。
それでもめげずに、私と鮪蔵は週末になるとドライブに行く。
さて鮪蔵、次は何処に行こうか?
text by shibizou | 2005.11.17 | [ 出会いから溺愛へ、親バカへの軌跡全記録 ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
November 15, 2005
第11回:ライン下りドライブ、そして完走1周22km
レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko
ライン河といえば船でライン下りの遊覧船がお決まり。此処に行ったらライン河をゆったりと船に乗って観光する事を思い描いていたのですが、(だいぶ)以前此処でその体験をした身内のモノが、観光船のライン河下りはつまらなかった、船から見るローレライってただの崖、退屈で寝てしまった。遊覧船はよしたほうがいい。などと言うのです。
そんな興ざめな事、人によって旅の感動は違うんだから、、と思ったものの、前日ライン河沿いを少し走ったら、この川沿いのルートがすっかり気に入ってしまい、明日は船に乗らず此処を車で走ることにしました。
朝、ホテルで朝食を取って早速出発、、、おっと、またホテルの周辺の複雑怪奇なルートをぐるぐる迷う前にフロントでライン河に行く道を尋ねる事を忘れる処でした。
フロントの人がホテル周辺の地図を出して、ライン河沿い(昨日より上流)に出る道を教えてくれて、『Have a niceday!』
橋のない河inドイツ
外に出ると天気もよく絶好のドライブ日和です。再度、「早速出発」。
2回ほどミスコースがあった後、無事ライン河沿いの道路に入れました。此処からは河沿いの一本道なのでもう間違えようがありませんね。暖かい日差しの中、余りの心地良さに
ちょっと思いたってラジオを点けると、ドイツ語でおしゃべりと音楽が聞こえてきます。
何を言っているかよく分からないのでドイツ語もBGMになってました^^。
(画像:心地良いライン沿いのドライブウエイ:ライン河の景色)
走っていると左右の崖の上に古城が出現します。それもいくつもいくつも、、なので、古城街道を通れなかったのが此処で十分埋め合わせが出来ました。また川の中州にも城門のような建物があります。通行料を取る関所でしょうか。
(画像:城、城、城、、、)
道の脇にはドイツ鉄道の線路が走っていて崖がなだらかな処はぶどう畑。このあたりが有名なワインの産地ラインガウと呼ばれる所に当たるかどうかは解りませんが、斜面に日が当たって水はけがよく、良いワインが出来る葡萄を育むという場所にはピッタリ当てはまりそうです。
(画像:ブドウ畑と集落・ライン河に並走するドイツ鉄道のトンネル)
RORELEY・・・え、ロ~レライ?
あぁ!、これが有名なローレライ、、ってどれどれ、ホントに、此処に書いてなければ全く気付かないような、周りの景色に続いている普通の崖です。尤も船から見たらまた違うのかもしれませんが、ご丁寧に崖の上には、此処がそこですよ、といわんばかりに旗が数本立っています。遊覧船のお客によく分るようになっているのでしょう。崖の前まで来て河を見てみると、此処は河がカーヴしていて、流れが速くなって崖のある岸方向に向かっていて、おそらくぼーっとしていると舵取りを誤って船が岸に向かって行きぶつかってしまうので、昔の船人はそれを戒め注意を喚起する為にこうした伝説が出来たのかもしれません、、。そういえば学生時代ドイツ語の時間に歌わされて有名なハイネの詩のRoreley tat.(ローレライの仕業だ)という最後の部分だけ浮かぶのですが、もしこの崖の上に美女がいて歌っているのが聞こえたとしたら余程大声の持ち主だったのでしょうか、、あ、美女じゃなくて妖精でしたっけ?
(画像:映り込みしていますが、車窓から見えるローレライの崖)
どっちにせよ♪なじかは知らねど心わびて~、という日本語のローレライの物憂げな歌詞は、今日のように天気が良くすがすがしい日差しの現場の景色とは余りそぐわないですね。
ところでこのライン河ドライブ、何処か橋があったら渡って反対側を通って戻って来る、というつもりで走り始めたのですが、何処まで行っても橋がないのです。もうちょっと、周辺が街になってきたから、此処には、、あ、あの辺はリゾートホテルやボートが並んでいるからあそこならきっと、という具合に、もうちょっともうちょっと、と行ってみても、やはり橋は何処にもありませんでした。ここの住民は一体どうやって対岸に渡っているのでしょう、、?
午後の予定に差し支えるのでそろそろUターンしま~す。
隠れ(てい)たグルメスポット
一旦ホテルに戻って来ました。昨晩街でレストランが見つからなかったので、昼食はホテルで取ってしまおうと思ったのです、、がふと部屋の窓から下を見ると、公園のような場所になっていて、その奥、丁度窓の真下に広い庭のある赤い屋根の古い田舎風の家屋が見えます。昨日はライン河の景色に気を取られていたせいか、全く気付かなかったのですが、こんな処(ホテルの建物の真下)に誰か住んでいるのか、、とよく見ると入口の階段脇に木の看板が立っているのです。ひょっとして、もしかするとレストランかもしれない、と思い、一応行ってみる事にしました。車でホテルの前の道を下り、公園の入口付近に車を停め敷地の中に入るとやはりネオンの入った看板があってレストランみたいです。普通の家のドア、といった感じの処から中に入ると、想像通り田舎の民家をレストランにした、といった店で、日本にもあるレトロな雰囲気の木造家屋のレストラン、といった感じの造りで、テーブルにはもう何人もお客が入っていて、奥に案内されました。ホテルの前の道で交通事故の車と事故処理に来たパトカーは見かけたのですが、それ以外に殆ど人は見てないようなのに、このお客は何処から来たのか、、?不思議な街です。でもこのレストランは大当たり!ガイドブックに載っていたこの時期のヨーロッパ名物ホワイトアスパラを食べたくて聞いてみたら「Nein」ちょ~っと時期が早かったようです。
でも此処の家庭風ドイツ料理は勿論美味しい上にボリュームも満点土地のワインやホームメイドワインもあって、ちょっと窓の外を見たお陰で此処に気付く事が出来てよかった!
さて、いよいよ決行!^^
今回ドイツをレンタカーで旅するに当たって私は個人的に是非行きたい&やりたい事があったのです。
「ニュルブルクリンクの旧コースは自分の車で誰でも走れる。」
これを何かで読んで、ドイツに行ったら是非此処を走ってみたい、と思っていたのですが、
まさかこんなに早くそのチャンスが来るとは、、。ガイドブックに2,3行ある心細い案内に拠れば、日程を確認の上、とあります。旧コースはよく貸切のテストコースとして使われるので事前に走れる日を確認する必要があるのです。折角ニュルまで行って走れなかった、では絶対!諦め切れませんから、、。それで来る前にニュルブルクリンクのHPからコース開放日(2005/11月の場合)日程<土日が多く、この日も日曜でした。を確認し、逆算して旅程を決めました、しかし行って急遽クローズしてた、なんてイヤですよ。
さて食事が済んだらいよいよ本題です。といってもその私の個人的な目的地に向かいます。来る途中見かけて、あった!と喜んだのはNURBURGRINGの標識でした。
ここでまたおことわりですが、又しても残念な事に昨日充電が十分でなかったらしく、ライン河を撮り過ぎてまた電池切れしてしまい、この世紀の出来事を撮る事が出来ないのです。オマケにその後ケルンの大聖堂にも行く予定なのに、、、。トホホ;;)
地図で見るとニュルブルクはコブレンツから西に40kmくらいのアイフェル山地のふもとにあり、ベルギーの国境まですぐの処で、シューマッハ兄弟の故郷ケルペンもこの近くらしいです。
昨日来た道を逆行(本当に此処は道が複雑です)街道に出て暫く走ると、昨日見た表示板が見えたのでそっちの道に入りました。2車線の広い道が1本の狭い道になり、次第にゆるい登り坂の道になって来ます。途中EIFELの標識も見えちょっと安心。そして更に草地の中の1本道(舗装された)状態で他に走っている車は皆無、なだらかな起伏の道を走り続けるとT字路に、、しかしその時何処からか、それらしきスポーツタイプのコンバーチブル(車種不明)がやって来たのでその後を追尾していくと急に車線の広い道になって先にニュルブルクリンクの看板が見えました!
あ、サーキットが見える、コブレンツから走って来た道は、まるで此処に来る為に作られた道みたいです。道路の右のサーキットのゲートに入りました。奥に進むとパドック代わりのようなコンクリートのPがあるばかりですが、コース入る箇所もあります。コンクリートで囲まれた地下駐車場に行くような道があって、下りてくぐって行ってみたのですが、此処はF1で見るニュルのサーキットで、走れる旧コースではないようです。やはり旧コースが走りたくて来ていると思われる車が何台か旧コースを探して私達と同じように迷っているみたいです。
誰かに聞いてみようと車を停め外に出て少し歩くと建物があったので、中に入ってみると案内のような所がありました。男性のスタッフがいたので旧コースの場所を聞いた所、地図を出して、
『あなたは今此処(新コース)にいます、ゲートの外に一旦出て、左に行くと、更に左に入る道があるのでそれを行けば旧コースに着きます。』と、地図の場所に印を入れながらルートを示してくれました。
(画像:もらった地図)(画像:地図左下の小さく突起した部分がF1がある新コース、その右の大きな周回路が旧(北)コースです。サーキットの大きさの違いがよく分ると思います。)
示されたとおり、外に出てゲート前の広い道から、え、こんな道でいいの?というような農道級の細い脇道に入って、道なりにずっと走って行くと、この狭い道の脇に人だかりが、、どうやらそこが旧コース(北コース)の入口のようです。右側に建物が見えます。一旦先の道端に車を停め、下りて様子を見に、、。奥の牧場の柵みたいな木の門を何台も車が通っていきます。それがサーキットへのコースインのようで友人や家族を乗せた普通の一般車が次々コースインして行くのです。建物の脇にチケットの自動販売機があって、1周12E(くらいだったと思いました)。とにかく1周してみようとチケットを購入。車に戻ってUターンして構内に入りました。
コースイン!
さ、それでは走りましょ!前の4人乗りの古いシトロエンのセダンに続いて並び、木のゲート脇にいる係員にチケットを渡し、いよいよニュルの北コースを走るのです、コースイン前一瞬緊張。前にあるパイロンの先を回ってコースに入れ、というような指示をされ、恐る恐るコースイン!さ、走り始めます。といってもコースレイアウトも何も知らず、ただ前に続く道を走って行くだけです。周囲は木立で山のワインディングロードといった気分。でも一応アウトインアウトを考えながらアクセルを踏んで行きました。コース幅はそんなに狭くなく見通しも悪くないのですが、普通のサーキットにはないようなアップダウンがあります。くぼみを飛び越える感じの箇所も、、。交差する橋の上でギャラリーがいっぱい走る車を見ています。少し走るとサーキットで走っているような(って、実際そうなのですが^^)運転になってきてスキール音を立てながらコーナリング、、慌てたナビ君に、『これ、レンタカーだからね、、』とご注意。^^;あ、そうだそうだいけない、すっかり走りに夢中になってその事を忘れてしまっていました。レンタカーでサーキットを走って壊したら、いくら保険に入っていても補償が受けられず弁償かもしれません、、。アクセルをちょっと戻しましたが、そこはやはりサーキット、バイクが何台も後から煽って来るし、ヘルメットにグローブの本格走行の車も走っていて、ラインが分らなくて邪魔になるといけないのでそうそうゆっくり走っているという訳にも行かず、幸い混んでいなかったので(20数キロのコースがそうそう混むとは思えませんが、)、折角なので踏めそうな所はちょっと踏んだりしてみました。後の席の75歳の高齢者は全く平気な様子で同乗していました^^。所々何キロ地点、といった立札が立っているのですが、最初もう大分走ったと思ってもまだ6kmくらいだったり、もうそろそろ1周かと思ったらまだ半分くらいだったり(立札の数字はうろ覚えです)、このコースを覚えて、タイムアタック走行なんかするとしたらもの凄い集中力を要するでしょう。でもこうして一般車(者)もヘルメットもグローブも無しに、まして同乗者を乗せて普通に入って混走出来るサーキットなんて他にあるでしょうか!?ようやく20km立札が見えてきて、そろそろゴールでしょう、、。速度を緩めてパイロンの立っている側道にのほうに移動し回って外に出ました。何周も走る車は別のチケットがありますが、また一旦走りなおすのか、どうしているのかはよく分りませんでした。
ともあれ、無事走行終了です^^自分にチェッカーフラッグ!
小さなPUNTOの底力
しかし、このプントという車、小柄で型もスポーツ車から程遠い見かけですし、アウトバーンでは余り意識も無くただ普通に運転していたので気付きませんでしたが、凄い車だなぁ、、とサーキットを走ってその性能の良さに驚かされました。タイトなサスペンションと遊びの少ない切れのいいステアリング、3人を乗せ、サーキットで曲がりなりにもアウトイン走行が何の支障も感じず出来てしまう車なんて!登りもなんなくこなし、馬力も十分でそのまま普通にサーキット走行が出来る車といっても過言でないと思いました。タイトなサスペンションはヨーロッパ独自の仕様かもしれませんが、タイトといっても別段乗っていて座り心地が悪いわけではありませんし、運転席のシートもセミスポーツ風になっています。でも日本に輸入されたら普通の日本人好み向けに柔らかくされてしまっているかもしれません。
此処に来てこのプント君の実力を改めて見直した次第。
是非一家に一台、欲しい車です^ー^。
さて、念願の個人的な目的だったサーキットを走り終えて、皆安堵の顔、きっと内心緊張していたのでしょうね^^。降りて早速スキール音をたてたタイヤを点検^^;なんとも無い様子。
ともかく車が無事だったのが何よりでした。
ほっとした顔の同乗者を乗せて、次の行先は?もう何処でもリクエストにお応えしますよ。
え?ケルンの大聖堂ですか、はいはい了解。ではしゅっぱ~つ!
今回の反省とご教訓
・プッツンと切れてはいけないのは頭だけではありません。
器材の電池や充電、フィルムやテープ。特に海外で切らすと日本で買うよりずっと高くつきます。余裕を持って出かけましょう>了解^^ゞ
・余裕といえば時間の余裕も必要ですよね。そして時間配分も、、。
うっかり一箇所でたくさん撮り過ぎ無い為にも撮る場所の撮影時間は決めておいたほうが無難です。そうでないと、こんな肝心な時の画像が撮れないで、公開も出来なくて後悔、、なんちゃって/^0^)
次回 最終回 は「リベンジでマインツへ・フランクフルトがいっぱい!」です。
text by iraneko | 2005.11.15 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)







