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オーナーズクラブ

November 22, 2005

第12回(最終回):リベンジでマインツ・フランクフルトがいっぱい

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

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(画像:マインツのドーム)

幻の大聖堂
ニュルブルクからケルンへは、そのまま一般道の続きを行けばアウトバーンに乗れるようなのですが、迷わずに行きたいので一旦コブレンツまで戻り、最初に来た道からアウトバーンに入りました。道程は地図で60kmほど、1時間あれば十分着ける距離です。幸いアウトバーンも空いていて、さっきサーキットで思いがけなくもこの小さなPUNTOの実力を見たので、ここは存分に力を発揮して貰いました。
ところでアウトバーンは概ね直線で、これまで全く大きなコーナーは無かったのに、初めて手前から弧の先が見えるようなかなり大きなカーブに差し掛かりました。周りには何台かの車が走っていて、PUNTOはその中でも一番小さい車だったのですが、コーナーの途中気付くとPUNTOが集団から突出して先頭に出ています、というより周りの車がミラーから明らかに一斉に後退し始めたのです。メルセデスもいたのに何故?後にパトカーもいないし、まさかオービス、などと不安になりましたがそのまま走行。その後直線になったら並ばれて適当に抜かれましたが、今もこの時PUNTO君の心意気を示すかのようにコーナーを頑張って独走している光景がはっきりと思い出せます。ひょっとしてアウトバーンはカーヴが少ないのでドイツ人って案外コーナーが苦手なのかも、なんて憶測したり、、まさかそんな事はねぇ^^。

さて、間もなく’ケルンこっち、の標識が出てアウトバーンを降りケルンの街に入りました。
アウトバーンから既にドーム(大聖堂)が見えていましたから、あれを目指して行けばいいのね、と街を適当にドームに向かって走り始めたのですが、これがまっすぐの最短距離と思って行った大通りが全然違う方向に向かっていたり、一方通行で迂回させられたり、河(ドナウ)の橋を渡ってしまいドームと反対側に出てしまったり、電車の線路に阻まれたりと、1時間近くも街をぐるぐる周回走行。さっき周回したニュルブルクリンクの2周ぶんくらい走った感じです。やがて偶然どこかで旗門を通過したのか、ようやくドームに確実に接近していく道に辿り付く事が出来ました。モンスターのような1対の尖塔のある建物がにわかに大きくなり、その全容が見える辺りで、傍の地下Pに車を停めました。出て見ると、ドームはケルンの駅に通じるコンコースを下から突き上げたように立ちそびえています。入口らしい所を探して入ろうとすると、えっ、今日はもうクローズ!入口の堅そうな木のドアがピタリと閉まっていたのです。;;)あ~、折角日本から此処まで来たのに、こんな事って・・(絶句)。仕方なくあきらめ、建物の周りをまわって周囲を見物するだけです。前回おことわりしたように画像はVTRバッテリー切れで映せませんでしたので、詳細はこちら(ドームのHP)でご覧下さい。英語版でバーチャルツアーもあります。
このドームは1248年にキリストの骨(要は仏舎利ですね)を保存するために建てられたとかで一応の完成が1880年。一部足場が立っていて、改修かと思いきや、いまだに未完成で何処かを建築中らしいのです。ガウディーで有名なスペインのサグラダファミリア教会も同じようですけど、随分気の長い話ですね。しかしHPで見る荘厳できらびやかな内部と違い、数百年の経年に加え、おそらく酸性雨の影響か外壁は真っ黒で剥離の痕跡が著しく悲壮な姿です。これでは完成させる工事以前に改修工事のほうが先決と思えますが、、ともかくドームを見上げただけで拝観終了。ニュルブルクリンクを走りに行った代償がこんな形で来るなんて、やはり二兎は追えないですね。

ドームから下のケルンの駅に降りると、そこはドームの歴史的な雰囲気と一転して近代的な駅ビルのショッピングセンターになっていました。どの店先にも入口には香水売り場が設けられています。それもその筈、オー・デ・コロンの語源はケルンの水<そのままですが^^(コロンはケルン(Köln)のフランス語読みなのでしょう、)、この元となった原水「No4711」<製造者の住所らしい、、という名のオーデコロンは特に大々的に並べられています。ビンを見ればきっと、あ、これか、と思う方も多いと思います。、あ、ウチにも確かミニチュアビンが。しかしこれが世界最初のオーデコロンだとは此処に来るまで全然知りませんでした。ビンにはドイツ語でちゃんとKOLNISCH WASSER(ケルンの水)と書いてあります。ところで香水の話は女性の話題と思われますが、この原型のオーデコロン「No4711」って(私の亡祖父も使っていましたが)実は男性用なんですよね。
(画像:№4711ミニチュアビン)

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ドームに入れなかった私達は、憂さ晴らし何か代わりにと、ドーム脇の有名なビアレストランに入って夕食を食べ、帰路に着きました、、と書きたいのですが、此処からが困った事に高速に入る道が分らないのです。来た時に散々迷って偶然着いたようなモノなのですから、どこをどう走ったのか、人一倍方向感覚の良いナビ君も全く覚えていません。幸い此処はヨーロッパ、暮れかかっているとはいえまだ外は明るくて、点灯しなくても建物や景色が見える状態で、その中ナビ君の勘だけを頼りに、またしてもあっちこっちと走り回り、こんな寂しい道、というような街外れの道を辿って行って、万国共通の緑色の標識を見つけた時の嬉しかったこと!右も左も分らない海外で日暮れて道を迷う事ほど不安な事はありません。アウトバーンに乗ったらようやくほっと一安心、今まですっかり点け忘れていた前照灯のスイッチをON。


リベンジマインツ

一体何をリベンジ、と思われるかも知れませんが、ホテルに戻ってダイニングでワインを飲みつつミニ反省会。ケルンの大聖堂が見れなかった上に画像も撮れなかったし、、明日はもう50kmほど先のフランクフルトに行ってレンタカーを返せば良いだけ、時間はいっぱいあるので他に此処から行ける近間の観光地を探す事にしたのです。部屋に戻ってガイドブックを見ていたナビ君が此処に行こうと提案したのがマインツでした。
「マインツ?それって何処、何があるの?」
ガイドブックに拠ると今日見れなかったケルンの大聖堂ほどではないにせよ、有名なドイツ3大聖堂(ケルン・トリーア・マインツ)の1つがあるというのです。街の地図も一応載っているし、ルートもフランクフルトに行く途中だとか。OK!じゃ、そこに行きましょう。

翌朝、チェックアウトを済ませすっかり慣れた道をアウトバーンに向かいました。ほどなく着いたマインツはケルンほどの大きな街ではなく、迷わずに街の中心に入り、Pも直ぐに見つかりました。ドイツの小ぶりの観光の街という感じで、分りやすくて安心です。
早速見物に。今日は画像いっぱい撮っても大丈夫!(でも、これが昨日だったらもっと良かったんだけど、、)。

(画像:マインツの中心街:ちゃっかり筆者^^;)

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そしてドームもしっかり街の中心地に建っていて見えてて近い、オマケにちゃんと開館しています^^。チケットを買って中に入りました。(此処も工事中でした)、中にはちょっと異様な彫刻類、、ドクロの付いた彫像が何個もあるのです。また此処は活版印刷の父グーテンベルグが印刷を行った所とか、その博物館は見学しませんでした。

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(画像:↓仏像に見える)(画像:この塔も仏教風に見えます)

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(画像:何故かあちこちにドクロの装飾が、、)

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外に出て街をぶらつき、カフェで少し早い昼食を取りました。この街は小さいながら明るいイメージで商店の数が多く活気があります。カフェも何処に入るか迷うほど。観光地としては物足りないかもしれませんが、不慣れな旅行者には手ごろな街です。


フランクフルトがいっぱい

マインツの街を後に、ドイツの旅の終着地、フランクフルトに向かいます。
そしてドライブ旅行も、もうこのフランクフルトに行くルートを残すだけになってしまいました。
そう思うと少し寂しい気もします。ラッキーにも4日間無事で此処まで来られましたが、車を返すまでまだ何があるか分りませんのであと少し、気を引き締めて行きましょう。

と思いつつ、再びアウトバーンに乗って暫く、、え?えええっ!標識にコブレンツってあるけど、ひょっとして、、まさか!そう、そのまさかで逆行していたのでした。ともかく一旦どこかで降りなくては、と簡単にUターン出来そうな出口を出てUターン。ふぅ、やはり最後まで気を抜いてはいけませんね。

さてこれでもう心配無用。フランクフルトは大都市なので出口を見逃す事も無いでしょうし、、周囲の景色が都会風になってきてそろそろ名前が、、あ、出て来た!
FRANKFURT・・・・・、FRANKFURT++++、FRANKFURT****
あれ、出てくる度に後の部分の字が違うけど、・・・
そして極め付き、目の前に見えた特大の標識には、何とフランクフルトの付いた名前がいっぱい!
一応フランクフルトエアポートは違うと思うけどあとは何?どれが本物のフランクフルトなの、何処の出口で降りればい良いの、と迷っている間にもフランクフルト何某と5つくらい名前の書かれた標識と最初の出口が迫って来ます。早く決めなきゃ、、わ~~(パニック状態)、えいっ、もう真ん中辺りで降りよう!

という事で2つ目くらいの標識の出口で降りてみました。降り口から車がたくさん進むほうに少し走っていると分かれ道の標識にStadtmit(中心街)、あ、こっちだ!

旅の終わりは次の旅の始まり
次第に車が増え、ビルが立ち並ぶ都会の街並み、高層のビルも目に入るようになりました。そして目の前に今日泊まるホテルの名前を書いたビルが見えてきました。
見えていてなかなかたどりつかないケルンと違って、今走っている道はまっすぐ中心街に向かい、そのままこの旅の終わりにも向かっているのです。ホテルのすぐ脇を通ってもう数ブロック先がフランクフルトの中央駅、此処の中のレンタカーショップが終点です。
付近を周って場所を確認した後、道沿いのGSで給油。ホテルのPに一旦停めて荷物を降ろし、チェックインした後皆で駅に車を返しに行きました。駅の前の道路に車を停め、ショップのスタッフに返却に来た事を告げて書類とカギを出すと、地図を見せられ、車をこのPに停めてくるようにと言われました。駅の横にある大きなPで、場所はすぐにわかって中に入ったものの、どのスペースに停めて良いのかわからず適当に空いている場所に停めました。さ、これでドライブの旅はお終い。4日間私たちを乗せてくれたPUNTOともお別れ、明日の今頃私達はもう違う国に立っているでしょう。借りた時と変らないきれいな水色の車はとても3人を乗せてサーキットまで走ったとは思えない涼しい顔つきですが、気のせいか借りた時より少し誇らしげに見えました。
(画像:登場人物)

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(画像:フランクフルトのホテルより)

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エピローグ
車を停めて再び駅のショップに戻ってキーを差し出すと、さっきの女性スタッフは書類に判を押して、はいっ、とばかりに戻して来ただけです。え、これでもういいの?ちょっとほっとした気持ちでドアの外に歩き出す私の頭にふと、あのパリのレンタカーの後引きの一件がよぎりました。ちゃんと元の姿で返却し判も貰っているのですが、後になって何か指摘されたら、、此処できちんと確認しておかなくちゃ、と、歩き出している2人に待ってて、と言ってレンタカーショップのオフィスの入口に戻ると、接客中のさっきの女性スタッフがこっちを見たので、聞こえるようちょっと大きな声で言いました。
「ノートラブル、ノープロブレム!」
彼女は笑ってうなずきながら、わかった、という合図のように小さく右手を上げました。


今回のご教訓と反省

12回にわたり稚拙な文章とピンボケ&暗い画像でおおくりしたコラムを
広い心でお読み下さった皆様、コメントやTBを入れて下さった方々、
そして此処に書く機会を下さったcar@niftyのスタッフの方々に感謝を込めて。
有難うございました。m(__)m

iraneko

text by iraneko | 2005.11.22 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)

November 15, 2005

第11回:ライン下りドライブ、そして完走1周22km

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

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ラインド河遊覧ドライブ

ライン河といえば船でライン下りの遊覧船がお決まり。此処に行ったらライン河をゆったりと船に乗って観光する事を思い描いていたのですが、(だいぶ)以前此処でその体験をした身内のモノが、観光船のライン河下りはつまらなかった、船から見るローレライってただの崖、退屈で寝てしまった。遊覧船はよしたほうがいい。などと言うのです。
そんな興ざめな事、人によって旅の感動は違うんだから、、と思ったものの、前日ライン河沿いを少し走ったら、この川沿いのルートがすっかり気に入ってしまい、明日は船に乗らず此処を車で走ることにしました。

朝、ホテルで朝食を取って早速出発、、、おっと、またホテルの周辺の複雑怪奇なルートをぐるぐる迷う前にフロントでライン河に行く道を尋ねる事を忘れる処でした。
フロントの人がホテル周辺の地図を出して、ライン河沿い(昨日より上流)に出る道を教えてくれて、『Have a niceday!』

橋のない河inドイツ
外に出ると天気もよく絶好のドライブ日和です。再度、「早速出発」。
2回ほどミスコースがあった後、無事ライン河沿いの道路に入れました。此処からは河沿いの一本道なのでもう間違えようがありませんね。暖かい日差しの中、余りの心地良さに
ちょっと思いたってラジオを点けると、ドイツ語でおしゃべりと音楽が聞こえてきます。
何を言っているかよく分からないのでドイツ語もBGMになってました^^。

(画像:心地良いライン沿いのドライブウエイ:ライン河の景色)

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走っていると左右の崖の上に古城が出現します。それもいくつもいくつも、、なので、古城街道を通れなかったのが此処で十分埋め合わせが出来ました。また川の中州にも城門のような建物があります。通行料を取る関所でしょうか。

(画像:城、城、城、、、)

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道の脇にはドイツ鉄道の線路が走っていて崖がなだらかな処はぶどう畑。このあたりが有名なワインの産地ラインガウと呼ばれる所に当たるかどうかは解りませんが、斜面に日が当たって水はけがよく、良いワインが出来る葡萄を育むという場所にはピッタリ当てはまりそうです。

(画像:ブドウ畑と集落・ライン河に並走するドイツ鉄道のトンネル)

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さて、暫く走っていると対岸の崖の下に何か文字が・・・
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RORELEY・・・え、ロ~レライ?

あぁ!、これが有名なローレライ、、ってどれどれ、ホントに、此処に書いてなければ全く気付かないような、周りの景色に続いている普通の崖です。尤も船から見たらまた違うのかもしれませんが、ご丁寧に崖の上には、此処がそこですよ、といわんばかりに旗が数本立っています。遊覧船のお客によく分るようになっているのでしょう。崖の前まで来て河を見てみると、此処は河がカーヴしていて、流れが速くなって崖のある岸方向に向かっていて、おそらくぼーっとしていると舵取りを誤って船が岸に向かって行きぶつかってしまうので、昔の船人はそれを戒め注意を喚起する為にこうした伝説が出来たのかもしれません、、。そういえば学生時代ドイツ語の時間に歌わされて有名なハイネの詩のRoreley tat.(ローレライの仕業だ)という最後の部分だけ浮かぶのですが、もしこの崖の上に美女がいて歌っているのが聞こえたとしたら余程大声の持ち主だったのでしょうか、、あ、美女じゃなくて妖精でしたっけ?

(画像:映り込みしていますが、車窓から見えるローレライの崖)

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どっちにせよ♪なじかは知らねど心わびて~、という日本語のローレライの物憂げな歌詞は、今日のように天気が良くすがすがしい日差しの現場の景色とは余りそぐわないですね。

ところでこのライン河ドライブ、何処か橋があったら渡って反対側を通って戻って来る、というつもりで走り始めたのですが、何処まで行っても橋がないのです。もうちょっと、周辺が街になってきたから、此処には、、あ、あの辺はリゾートホテルやボートが並んでいるからあそこならきっと、という具合に、もうちょっともうちょっと、と行ってみても、やはり橋は何処にもありませんでした。ここの住民は一体どうやって対岸に渡っているのでしょう、、?
午後の予定に差し支えるのでそろそろUターンしま~す。

隠れ(てい)たグルメスポット

一旦ホテルに戻って来ました。昨晩街でレストランが見つからなかったので、昼食はホテルで取ってしまおうと思ったのです、、がふと部屋の窓から下を見ると、公園のような場所になっていて、その奥、丁度窓の真下に広い庭のある赤い屋根の古い田舎風の家屋が見えます。昨日はライン河の景色に気を取られていたせいか、全く気付かなかったのですが、こんな処(ホテルの建物の真下)に誰か住んでいるのか、、とよく見ると入口の階段脇に木の看板が立っているのです。ひょっとして、もしかするとレストランかもしれない、と思い、一応行ってみる事にしました。車でホテルの前の道を下り、公園の入口付近に車を停め敷地の中に入るとやはりネオンの入った看板があってレストランみたいです。普通の家のドア、といった感じの処から中に入ると、想像通り田舎の民家をレストランにした、といった店で、日本にもあるレトロな雰囲気の木造家屋のレストラン、といった感じの造りで、テーブルにはもう何人もお客が入っていて、奥に案内されました。ホテルの前の道で交通事故の車と事故処理に来たパトカーは見かけたのですが、それ以外に殆ど人は見てないようなのに、このお客は何処から来たのか、、?不思議な街です。でもこのレストランは大当たり!ガイドブックに載っていたこの時期のヨーロッパ名物ホワイトアスパラを食べたくて聞いてみたら「Nein」ちょ~っと時期が早かったようです。
でも此処の家庭風ドイツ料理は勿論美味しい上にボリュームも満点土地のワインやホームメイドワインもあって、ちょっと窓の外を見たお陰で此処に気付く事が出来てよかった!

さて、いよいよ決行!^^

今回ドイツをレンタカーで旅するに当たって私は個人的に是非行きたい&やりたい事があったのです。
「ニュルブルクリンクの旧コースは自分の車で誰でも走れる。」
これを何かで読んで、ドイツに行ったら是非此処を走ってみたい、と思っていたのですが、
まさかこんなに早くそのチャンスが来るとは、、。ガイドブックに2,3行ある心細い案内に拠れば、日程を確認の上、とあります。旧コースはよく貸切のテストコースとして使われるので事前に走れる日を確認する必要があるのです。折角ニュルまで行って走れなかった、では絶対!諦め切れませんから、、。それで来る前にニュルブルクリンクのHPからコース開放日(2005/11月の場合)日程<土日が多く、この日も日曜でした。を確認し、逆算して旅程を決めました、しかし行って急遽クローズしてた、なんてイヤですよ。

さて食事が済んだらいよいよ本題です。といってもその私の個人的な目的地に向かいます。来る途中見かけて、あった!と喜んだのはNURBURGRINGの標識でした。
ここでまたおことわりですが、又しても残念な事に昨日充電が十分でなかったらしく、ライン河を撮り過ぎてまた電池切れしてしまい、この世紀の出来事を撮る事が出来ないのです。オマケにその後ケルンの大聖堂にも行く予定なのに、、、。トホホ;;)

地図で見るとニュルブルクはコブレンツから西に40kmくらいのアイフェル山地のふもとにあり、ベルギーの国境まですぐの処で、シューマッハ兄弟の故郷ケルペンもこの近くらしいです。
昨日来た道を逆行(本当に此処は道が複雑です)街道に出て暫く走ると、昨日見た表示板が見えたのでそっちの道に入りました。2車線の広い道が1本の狭い道になり、次第にゆるい登り坂の道になって来ます。途中EIFELの標識も見えちょっと安心。そして更に草地の中の1本道(舗装された)状態で他に走っている車は皆無、なだらかな起伏の道を走り続けるとT字路に、、しかしその時何処からか、それらしきスポーツタイプのコンバーチブル(車種不明)がやって来たのでその後を追尾していくと急に車線の広い道になって先にニュルブルクリンクの看板が見えました!

あ、サーキットが見える、コブレンツから走って来た道は、まるで此処に来る為に作られた道みたいです。道路の右のサーキットのゲートに入りました。奥に進むとパドック代わりのようなコンクリートのPがあるばかりですが、コース入る箇所もあります。コンクリートで囲まれた地下駐車場に行くような道があって、下りてくぐって行ってみたのですが、此処はF1で見るニュルのサーキットで、走れる旧コースではないようです。やはり旧コースが走りたくて来ていると思われる車が何台か旧コースを探して私達と同じように迷っているみたいです。
誰かに聞いてみようと車を停め外に出て少し歩くと建物があったので、中に入ってみると案内のような所がありました。男性のスタッフがいたので旧コースの場所を聞いた所、地図を出して、
『あなたは今此処(新コース)にいます、ゲートの外に一旦出て、左に行くと、更に左に入る道があるのでそれを行けば旧コースに着きます。』と、地図の場所に印を入れながらルートを示してくれました。

(画像:もらった地図)(画像:地図左下の小さく突起した部分がF1がある新コース、その右の大きな周回路が旧(北)コースです。サーキットの大きさの違いがよく分ると思います。)

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示されたとおり、外に出てゲート前の広い道から、え、こんな道でいいの?というような農道級の細い脇道に入って、道なりにずっと走って行くと、この狭い道の脇に人だかりが、、どうやらそこが旧コース(北コース)の入口のようです。右側に建物が見えます。一旦先の道端に車を停め、下りて様子を見に、、。奥の牧場の柵みたいな木の門を何台も車が通っていきます。それがサーキットへのコースインのようで友人や家族を乗せた普通の一般車が次々コースインして行くのです。建物の脇にチケットの自動販売機があって、1周12E(くらいだったと思いました)。とにかく1周してみようとチケットを購入。車に戻ってUターンして構内に入りました。

コースイン!
さ、それでは走りましょ!前の4人乗りの古いシトロエンのセダンに続いて並び、木のゲート脇にいる係員にチケットを渡し、いよいよニュルの北コースを走るのです、コースイン前一瞬緊張。前にあるパイロンの先を回ってコースに入れ、というような指示をされ、恐る恐るコースイン!さ、走り始めます。といってもコースレイアウトも何も知らず、ただ前に続く道を走って行くだけです。周囲は木立で山のワインディングロードといった気分。でも一応アウトインアウトを考えながらアクセルを踏んで行きました。コース幅はそんなに狭くなく見通しも悪くないのですが、普通のサーキットにはないようなアップダウンがあります。くぼみを飛び越える感じの箇所も、、。交差する橋の上でギャラリーがいっぱい走る車を見ています。少し走るとサーキットで走っているような(って、実際そうなのですが^^)運転になってきてスキール音を立てながらコーナリング、、慌てたナビ君に、『これ、レンタカーだからね、、』とご注意。^^;あ、そうだそうだいけない、すっかり走りに夢中になってその事を忘れてしまっていました。レンタカーでサーキットを走って壊したら、いくら保険に入っていても補償が受けられず弁償かもしれません、、。アクセルをちょっと戻しましたが、そこはやはりサーキット、バイクが何台も後から煽って来るし、ヘルメットにグローブの本格走行の車も走っていて、ラインが分らなくて邪魔になるといけないのでそうそうゆっくり走っているという訳にも行かず、幸い混んでいなかったので(20数キロのコースがそうそう混むとは思えませんが、)、折角なので踏めそうな所はちょっと踏んだりしてみました。後の席の75歳の高齢者は全く平気な様子で同乗していました^^。所々何キロ地点、といった立札が立っているのですが、最初もう大分走ったと思ってもまだ6kmくらいだったり、もうそろそろ1周かと思ったらまだ半分くらいだったり(立札の数字はうろ覚えです)、このコースを覚えて、タイムアタック走行なんかするとしたらもの凄い集中力を要するでしょう。でもこうして一般車(者)もヘルメットもグローブも無しに、まして同乗者を乗せて普通に入って混走出来るサーキットなんて他にあるでしょうか!?ようやく20km立札が見えてきて、そろそろゴールでしょう、、。速度を緩めてパイロンの立っている側道にのほうに移動し回って外に出ました。何周も走る車は別のチケットがありますが、また一旦走りなおすのか、どうしているのかはよく分りませんでした。
ともあれ、無事走行終了です^^自分にチェッカーフラッグ!

小さなPUNTOの底力
しかし、このプントという車、小柄で型もスポーツ車から程遠い見かけですし、アウトバーンでは余り意識も無くただ普通に運転していたので気付きませんでしたが、凄い車だなぁ、、とサーキットを走ってその性能の良さに驚かされました。タイトなサスペンションと遊びの少ない切れのいいステアリング、3人を乗せ、サーキットで曲がりなりにもアウトイン走行が何の支障も感じず出来てしまう車なんて!登りもなんなくこなし、馬力も十分でそのまま普通にサーキット走行が出来る車といっても過言でないと思いました。タイトなサスペンションはヨーロッパ独自の仕様かもしれませんが、タイトといっても別段乗っていて座り心地が悪いわけではありませんし、運転席のシートもセミスポーツ風になっています。でも日本に輸入されたら普通の日本人好み向けに柔らかくされてしまっているかもしれません。
此処に来てこのプント君の実力を改めて見直した次第。
是非一家に一台、欲しい車です^ー^。

さて、念願の個人的な目的だったサーキットを走り終えて、皆安堵の顔、きっと内心緊張していたのでしょうね^^。降りて早速スキール音をたてたタイヤを点検^^;なんとも無い様子。
ともかく車が無事だったのが何よりでした。

ほっとした顔の同乗者を乗せて、次の行先は?もう何処でもリクエストにお応えしますよ。
え?ケルンの大聖堂ですか、はいはい了解。ではしゅっぱ~つ!

今回の反省とご教訓

・プッツンと切れてはいけないのは頭だけではありません。
器材の電池や充電、フィルムやテープ。特に海外で切らすと日本で買うよりずっと高くつきます。余裕を持って出かけましょう>了解^^ゞ

・余裕といえば時間の余裕も必要ですよね。そして時間配分も、、。
うっかり一箇所でたくさん撮り過ぎ無い為にも撮る場所の撮影時間は決めておいたほうが無難です。そうでないと、こんな肝心な時の画像が撮れないで、公開も出来なくて後悔、、なんちゃって/^0^)

次回 最終回 は「リベンジでマインツへ・フランクフルトがいっぱい!」です。

text by iraneko | 2005.11.15 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)

November 08, 2005

第10回:ハイデルベルクちょっと観光・そしてコブレンツ

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

アルトハイデルベルク
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ハイデルベルクといえば、思い浮かぶのが有名な戯曲「アルトハイデルベルク」(作・マイヤー・フェルスター)です。
日本でも「若きハイデルベルク」として舞台で上演されています。
ストーリーは、自由を求めて学生の街の大学都市にやって来た王子、カール・ハインリッヒと宿屋の娘ケィティーの淡い恋の物語です。身分違いで結ばれない結果になるのですが、此処はドイツ最古の大学がある街で、物語の王位の後継者として厳格に育った王子ハインリッヒがこの街のビアホールで友人達と飲み語らい、暫しの間自由な青春を謳歌した、というのは実際行ってみるとなるほど物語の現実味が感じられる街です。

古城街道にあるハイデルベルクの街はネッカー川を挟んで旧市街と新市街に分かれていて、私達は古城街道ではなくホッケンハイムから乗ったアウトバーンから旧市街(Altstadt)のほうへ入りました。この街は車で訪れた旅人の私達をとっても優しく迎えてくれました。というのも、Pの標識に従って行くと地下に大きな駐車場があって、停めて出ると、すぐに旧市街のメインストリートに出るのです。不案内の外国人が殆ど迷わないでスンナリ観光出来るのは、(特に方向音痴な私にとって)何より一番有難いのです。個人的に印象が’旅人に優しい街、となりました。^^

車を降りて早速街の中を見物がてら歩きながらも目はレストラン探しモード^^。何しろホッケンハイムに寄道したので昼食を取っていないのです。時刻は午後2時近く。ちょっと古めかしい雰囲気のある入口のレストランに入りました。外観の通り、中もいかにもドイツ風といったがっしりとした椅子やテーブルが並び、先の戯曲の中の王子ハインリッヒはきっとこんな所で友人達とビールを飲んだのかと思われるような昔風のインテリアです。観光地なので英語版のメニューを持ってきてくれました。勿論メインはビールなのですが、、、私は運転があるので夜までおあずけです;;)料理がとても美味しくて、他の2人はドイツワインなんかも頼んでました。いいなぁ、、。

さてお腹が一杯になったら本格的に観光です。街はローテンブルクの規模を拡大したような感じで、建物は皆大きく、バロック型という建築様式のモノが多いです。

(画像:ハイデルベルクの街並み)

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*問題
さて、この豪華なバロック調の店(↓画像)は何でしょう?
って、拡大すれば一目瞭然^ー^(Mc・ハイデルベルク店)

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先ずは街から見上げられるハイデルベルク城に行ってみました。メインストリートを外れ、奥のほうへと進むと城に入る道がありました。坂を上がっているとちょっとデジャヴが、、あ、これってモンサンミッシェルに入る坂道に似ている。かなり急な坂を上がっていくとハイデルベルクの古城に着きました。この城はかつて城主が廃城にしたらしく、現在は観光のため保存管理されているようです。

(画像:街から見えるハイデルベルク城)(画像:城からの眺め、中央は教会)

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(画像:ハイデルベルク城内部)

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此処からの眺めは絶景で、ネッカー川と街並みが一望出来ます。実はお城を巡っている最中残念な事に此処でVTRのバッテリーが終了してしまい画像で紹介出来ないのですが、城の地下に入ると異様に大きなワインの樽が展示されていました。世界一大きな樽だそうです。写真が撮れないので出口で絵葉書を買いました。

城を観光してもう一度街へ降りるとそろそろ夕暮れの気配、コブレンツまでは150kmはあるでしょう。ホッケンハイムの寄道が祟って行程が遅くなってしまい、此処で仕方なくルート変更せざるを得なくなりました。折角名前とガイドブックの案内に惹かれ、ルートを変えまで通るつもりだったマンハイムまでの古城街道を端折ってアウトバーンに乗ることにしたのです。たくさんのお城が見られたのでしょうが、先を急ぐので仕方ありません。レースが観れたのですから、お城は我慢しないと、、。(しかし、思わぬ古城巡りが次回で、、)

アウトバーンに乗って車は一路コブレンツに向かいます。コブレンツはライン河とモーゼル河の合流地点にあって水路で栄えた街だという事で、ライン下りの船着場もあるようです。街に入る道すがらとある標識が見えました。あ、こっちだ!明日はそこには迷わないで行けそうです。さてまた此処で問題です、そこって一体何処でしょう^^、、。(答えのヒントは次回の表題予定にあります)


近くに見えてもホテルは遠い?

アウトバーンを降りると少しライン沿いに走って橋を渡り街の中に入りました。ホテルから何故か非常に詳しい地図がFAXされて来ていたのですが、暫く走っているとそのホテルが大きく見えてきました。なンだ、すぐにわかる処じゃない、よかった、とその方向に進むと道が無くなるのです。あれっ?また地図を見直すのですが、こんなに大きく見えているのに道が無い、、、。何回もぐるぐる周囲を周回しているうちにやっと謎が解けました。ホテルのある場所は小高くなっていて、一旦下の道路をくぐって回り込まないと入れないのですが、そのくぐる為の道に出られず、今まで堂々巡りをしていました。
(チェーンなので)パリにある事務局から来た予約確認のFAXにはそのルートが書かれていたのです。小高いところに建っているのでよく見えてすぐに行けそうに思われたので親切な地図を無視してしまい大失敗でした。

ホテルにチェックインして部屋に入ると窓からライン河が見えました。暫く休憩して午後7時くらいだったでしょうか、夕食を取ろうと街に出てみました。外はもう薄暗くなっていました。
並木道の大通りがいくつも交差している近代的な割と大きな街なのですが、街の目抜き通りには人が殆ど、というか全く見当たらず、入るようなレストランも無いし、殆どの店はもう閉まっています。暫くうろつきましたが余りにも誰もいない街なので結局ホテルに帰って来てしまいました。此処の人達の生活時間帯は早いのでしょうか?
幸い戻ってホテルのダイニングで夕食を取る事が出来ました。もうちょっと遅ければまた夕飯を食べ損なうところでした。
ところで此処のレストランが結構美味しくて、(ドイツは何処でもお料理は美味しいです。)最初から此処に来ればよかった。横では20人ぐらいのご年配の方々ばかりのグループが宴会をしていました(同窓会みたいでした)。ゆったりとした賑やかさで、皆笑顔で楽しそうでした。お昼にビールが飲めなかったし、お隣の楽しそうな雰囲気に釣られて私達もうっかりワインを2本飲んでしまいました。そういえば此処はライン河のほとり、ワインの名産地ではないですか!せっかくそんな所に来たのにワインには全然詳しくないiranekoでした。残念!でも飲んで美味しければ良いンですよね^^;
さて明日は窓から見えるライン河のほとりを少し走ってみることにしましょう。そして・・・


今回のご教訓と反省

・旅行で欲張ってはいけません。あっちも、こっちも、と観ていると
やはり何処か端折らなくてはいけないハメに、、だって日が暮れてしまいますもんね^^。

・一見大したことが無い書類だと思っても隅々までちゃんと目を通しましょう。
案外大事な事が書いてあるかも、、です^^;。

・ホテルのダイニングの料理って一応基本的には美味しいンですよね。

・ドライブ旅行で快適な条件
道が良い、GASの補給が容易、トイレと食料が調達出来る、
Pが分りやすい便利な処にある、天気が良く外が明るい。

・大学はタダ?!
知り合いの日本在住のドイツ人、ハーフのお子さんは大学受験でドイツの大学を受けるとか、、
何故って、ドイツは(公立)大学は学費無料なんですって、ホント!?

・ハイデルベルク城は時間があれば(&ドイツ語が解れば^^)
入れない箇所も案内してくれる城内ツアーがあって、
時間があったらもっとじっくり観られたのですけど、、。

・明日があるさ!無理しないで行くとまた思わぬ事も待っています。
それが旅の醍醐味、、かも。

*都合で予定の表題を変更しました。

次回は「ライン下りはドライブで、&完走1周22km」 です。

text by iraneko | 2005.11.08 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

November 01, 2005

第9回:古城街道寸前寄道ホッケンハイム

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

ローテンブルク到着


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ロマンチック街道を北上中。
フュッセンの観光案内で貰った地図にはこの街道沿いにある名所旧跡がたくさん書いてあるのですが、今回はその1つ1つを見て廻る余裕はありません。兎に角ローテンブルクに向けて街道を爆走^^ひた走ります。
ロマンチック街道という名の由来は分りませんが、このガイドマップに拠れば、やはり起点はブルツブルクで、終点フュッセンに至るまで、保存された中世の街並やノイスバンシュタイン城など処々にあるドイツ中世の文化を結ぶ街道のイメージからそう呼ばれているようです。
時折道の何処かに「Romantische Straße」(ロマンティッシュ・シュトラッセ)と書いてあって、この道で間違いない、と確認出来るのですが、あるところで、板にペンキで「ロマンチック街道」と日本語で書かれた表示板を見かけた時は一瞬あれっ??^^此処を通る日本人がいかに多いかを物語っていますね。(画像:ロマンチック街道走行中)

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また途中通り過ぎる木々の間から赤い屋根だらけという大きな街が見えました。おそらくネルトリンゲンという円形都市でしょう。ここも行きたいところではありましたが、ローテンブルクも一応城壁内の集落なので、そう変らないでしょう。(画像:赤い屋根の集落)

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さて街道を飛ばして(私の他に車は殆ど見当たりませんので^^)シーズンにはちょっと時期が早いのか、観光バスにも遭遇せずローテンブルクと書かれた標識が出てきました。もう直ぐそこです。

幸いまだ明るいうちに到着出来たので、車でそろそろと城門の中に入ってみました。
まるでディズニーランドの中みたいですが、此処は本物の街です。ゆっくりと周回して道端に車を止め、少し歩きました。きれいに飾られたショーウインドウや古い町の名残のような壁、迷路を歩いているようです。(大戦時誤爆されて復旧させた街並みだとか、、)でも古い街の部分も残っています。中央の時計台のあるマルクト広場に着くと人が大勢集まっています。何かあるな、、と待っていると、案の定仕掛け時計が鳴り出しました。気が付くといつの間にか暮れなずんできています。明かりの点きはじめた夕刻のローテンブルクの街は確かにおとぎ話の中の国、現代から中世にワープして来たような気分になりました。

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(画像:レーダー門から街に入る)

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(画像:街のウインドウディスプレー、流石ドイツ、中世の街にもミハイルがいる!^^)

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(画像:街は中世・市庁舎のからくり時計台では酒飲み市長が時を告げる)

暗く、寒くなってきたのでホテルにチェックインする事にしました。ホテルは城門のそばで丁度ローテンブルクに入って来た道の脇に建っていたので直ぐに分りました。今回、前にイギリスのチェスターでホテル探しに四苦八苦した経験からなるべく分りやすい場所にあるホテルをチョイスしたのです。ホテルといっても個人経営のペンションといった宿です。英語も通じるみたいでちょっと安心しました。ドイツ人は片付け名人の人種らしいので、ペンション級のホテルとはいえインテリアも内装もキッチリきれいにまとまっていました。

ira0914夕食は外に出てレストランを探す事に、、少し歩くと何やら賑やかそうなお店が、、今日の夕飯は此処で決まりです。ウインナーシュニッツェルやソーセージ、そして何よりドイツビール!やっぱり本場だ!美味しい~。

ira0915翌朝、朝食をホテルで済ませ、早めにチェックアウトして荷物を車に置いて、昨晩行った城内の街の中に散歩に行きました。天気もよくて、こうして海外を旅の最中、のんびり散歩出来るなんてちょっと妙な気分、物音一つしない、鳥のさえずりだけが響く朝の空気の中を歩きながら、生えている草や木や花を見ていると心地良い時の流れを感じて、外国に来ているという事を忘れてしまいそうです。
暫く歩いていると登り口が見えたので街を囲んでいる城壁に上ってみました。そう高くは無いのですが城内の街が展望出来ます。


(画像:城門の外は至って普通の街並)(画像:鉄道の駅もすぐそば)

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今日これからの予定は、本来ならロマンチック街道の終点、(本当は起点らしい)ブルツブルクまで行ってロマンチック街道完走、となるのですが、何故か古城街道という名前に惹かれ、完走50kmを残し、西に向かってハイデルベルクに通じるアウトバーンに乗って、ハイデルベルクから古城街道を少し通りつつコブレンツに向かうことにしました。本日の走行道程は約350kmです。

ローテンブルク城内散策を終え、車に戻ってさぁ出発。西へ向かうアウトバーンに乗って一路ハイデルベルクへ。


寄道ホッケンハイム

しかし、途中寄ったサービスエリアで見たものは・・・何と、カフェや売店は車の雑誌やチェッカーフラッグやフォーミュラを模ったフィギュアの飾り、いかにも此処はもうサーキット内のカフェ、といった雰囲気。ハイデルベルクはホッケンハイムに近いというのは知っていたけど、と思いつつ車を走らせていると、「ホッケンハイムこちら」の標識
が私を呼んでいました。

ハイハイ、今行きま~す^^とばかりに寄道即決!標識に導かれるようにアウトバーンを降りたのです。降りる辺りでもうサーキットが見えます。そういえばF1解説者Kちゃんが、以前ホッケンハイムは高速のすぐ脇にあるといってましたっけ、、。

高速を降りたT字路、さてどっち?ナビ君の勘でこっち、、という具合に道を進むと、ちょっと
大きな道に出て、ホッケンハイムの案内板がありました。そのまま道なりに廻っていくともうサーキットの構内といった感じですが日曜日の学校の裏手、といった感じで、誰もいないみたい。正面ゲートらしきを見つけて、建物の脇の空いていたPに駐車、降りて建物の入口から中に入ってみました。

出たところはパドックに通じるトンネルの入口。丁度前にチケットの立ち売りがいて、
サーキットではどうやらレースをやっているらしく、エンジン音が響いています。
ちょっと観てみたい、と取敢えず立売のお兄さんからチケットを買いました。9e=約1000円でした。何のレースか分らないのでパンフレットも買いました。

ポルシェレースにフェラーリが?

階段を下り、トンネルをくぐってパドックに出ると、外とはうってかわって、パドック内はたいそう賑わっています。何処でも変らぬレースウイークエンド風景。大きなトランポが何台も並んでいたり、レースにエントリーしているゼッケンを付けた車が停まっていたり、人もいっぱいで何かのお祭りのようです。
さっきから聞こえているエンジン音のするほうに行ってみました。囲いの脇の入口からサーキットのインフィールド側のスタンドに入れるようです。スタンドに入ると片側のスタンドは半分くらい観客で席が埋まっていました。コースではポルシェがレースをやっています。パンフレットを見ると表紙にはGTP(GRANTURISMO POWER SPEED WEEKEND)と書いてありました。英語ですけど、、、。さしづめヨーロッパチャンピオンカップといったところでしょうか。今回丁度ラッキーなホッケンハイム開催、次回はニュルブルクリンク、以降スパ・フランコルシャンやザントフールト、A1リンク、モンツァ、などとヨーロッパのサーキットを転戦するシリーズ戦みたいです。

(画像:レーススタンバイ中のポルシェ・チケットとパンフレット)

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(画像:ポルシェレース)

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(画像:レースが終わってパドックに並ぶエントリー車両)


エントリーリストを見ると、ポルシェカップのほかスーパー7やロータスエリーゼのワンメイクレース、ワーゲンカップ、カートやクラス別混走レースなどもあるみたいです。
暫しレース観戦を楽しもうとサーキットに目をやっていると、あれっ!何故??ポルシェばかりが走行している中に1台赤のフェラーリが、、、今のは目の錯覚か何かの見間違い、、とまた周回して来たのをよ~く見てもやはりあれはフェラーリ、間違いない!
でもまた何故ポルシェレースの中にフェラーリが紛れ込んでいるのでしょう。レースの場内実況アナウンスをよぉく聞いていると、フェラーリのドライバーさんを ’ドクター・アラビアン’と呼んでいます。アラビアの人がゲストエントリーなのか<でも住所は国内のグリュンワルトですが、、??などと沸いてくる疑問。 そうだ、きっとポルシェでエントリーしたものの車を壊して急遽フェラーリに、、いやいやまさか走行会じゃあるまいし・・・疑問は解決しないままフィニッシュ。

一旦スタンドの外に出て周回路を歩いていると丁度表彰台のあるメインスタンドの前に来ました。勝った3台のポルシェが並べられて、そばで見ていると表彰式が始まりました。今走ったポルシェです。3人が表彰されたあと、アナウンスがさっきのフェラーリのドライバー、ドクターアラビアン氏の名前を言っています。1台だけフェラーリでよく健闘しました、とでも言っているのでしょうか?ドイツ語(も)分りません^^;

(画像:表彰式)(画像:ポルシェの中にフェラーリが1台だけ<最下部、謎のエントリー表?)

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あとでエントリーリストをよく見てみると、今観戦したこのレースはGTPミシュラン杯という14周=64,6kmを走行するレースで、4クラス22台がエントリーしていたようです。
またこのシリーズは翌日日曜日にもレースがあって、その中のメインともいうべき耐久レース、88周=402,51kmにもDr.アラビアン氏の1台だけフェラーリが(他全てポルシェの中)エントリーする記載がありました。

これらがポルシェワンメイクレースで、もし何かの理由でフェラーリのエントリーを認めたのなら、オーガナイザーの度量は大きいですね。

ホッケンハイムにちょっと寄道して観光するつもりが、うっかり観戦まで、、^^;
F1ではありませんでしたが、思わぬ旅の記念のレース観戦になりました。
パドックを出るとPの近くにあった建物が展示館だったので、毒を食わばでここにもついでにちょっと入ってみました。

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(画像:コンセプトカー?)(画像:エンジンは手描き^^)

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(画像:ドイツ名物)(画像:ホッケンハイム名物、13号車ブラックデビル号)

さて、そろそろ寄道を終えハイデルベルクに向かわないと、観光出来なくなってしまいます。
Pを出て戻る道を迷ったのか、何故か住宅街の真ん中を抜けてしまいました。
そういえばドイツではあのラウンドアバウトは余り見かけませんが、その代わり一方通行がとても多いのと、こういった住宅街には交差点各所にバウンドさせて速度を抑制させる丸い金属が横1列に埋め込んでありました。

車はチラと見えるサーキットに名残を惜しみながら、またアウトバーンに入ります。向かうハイデルベルクは此処から20kmほど、もう目と鼻の先です。
そういえばホッケンハイムを囲んでいるというシュバルツバルト(黒い森)が見えなかったけれど、何処にあったのでしょうか?


今回のご教訓と反省

・やっぱり知らない処では宿は街道沿いが便利ですね。netで選ぶ時に、街道沿いはうるさいのでは、、などと迷いましたが、場所が直ぐ判って助かりました。特に方向音痴σ^^にはうってつけです。

・ホッケンハイムもハイデルベルクもドイツのシュタットガルトという都市にある街です。アウトバーンならミュンヘンとフランクフルトのほぼ中間、地図の距離で約180kmくらいの処です。F1観戦ならどちらかからレンタカーで、が便利なのではないでしょうか。あ、混雑のほどは分りません。なおホッケンハイムの案内に拠るとこの後の6月にサーキットでローリングストーンズのコンサートが開催されるとか。その時期に来ればよかった。

・ドイツのビール、文句無く何処で飲んでも美味しい!です。付け合せはてんこ盛りポテト、大きなソーセージ、や厚切りのハムなど。そのせいかどうか、ドイツ人はかなり大柄で、駐在した友人(日本では並サイズ)は洋服と靴はいつも子ども用売り場で買っていたらしい。大柄ドイツ人に釣られて食べすぎにはご注意^^;

・残念!時間があればもっとゆっくりローテンブルクや他の街も見物出来たのですが、
欲張りツアーなので仕方ありません。尚、ローテンブルクの画像はドイツ旅行に行った方々がHPでいっぱい出されているようなので、そちらでご覧下さい。

*番外
iranekoも週末ホッケンハイムならぬ日本のサーキットでスプリント初参戦してきました。
結果は、もし賞が貰えたなら、参加賞・完走賞・ブービーメーカー賞、でしたでしょうね^0^

(次回は「古い街若きハイデルベルクから古城街道行く」です。

text by iraneko | 2005.11.01 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (0)

October 25, 2005

第8回:ドイツ編:ロマンチック街道へ

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

長い旅はミュンヘンから
ira_0801かなり前に読んだ雑誌の記事に、歌手の井上陽水がふとアウトバーンを走りたいと思い立ってもう数日後にはメルセデスを借りて走っていたそうで、その時2人乗りのバイクが明らかに200km/h以上で抜いて行ってびっくりした、という話が載っていました。ふ~ん、アウトバーンって速度制限が無いと聞いてはいたけどそんな凄い道路なのかと思っていました。

それで一昨年、2003年4月、数年間住んだヨーロッパを離れる前に暫く旅行したいというナビ君に付き合って、また前回のヒマな3人で欧州巡りの旅の始まりに選んだのはドイツでした。飛行機の都合でミラノの空港で合流しミュンヘンへ向かいました。

因みに私が10日は費やして立てたツアープランで、ドイツはドライブ旅行と決め込みました。ミュンヘンでレンタカーを借りフュッセンまで行ってかの有名なノイスバンシュタイン城を見物、そこからロマンチック街道を通って途中ローテンブルクで1泊、またライン河のほとりのコブレンツに2泊、此処でちょっと個人的に楽しいイベントの企み、そしてケルンの大聖堂を見に行き、終点のフランクフルトでレンタカーを返す、というプランです。ドイツツアーのパンフレットに載っているティピカルなコースに従えば、ロマンチック街道というのはドイツに行ったら絶対外せない観光ルートのようで、必ず項目に入っていて現地バスツアーもいくつか出ているのですが、そこを車で走ってみようと思ったのは前記の話を思い出してアウトバーンが走ってみたくなったのと、前にドイツ観光ツアーに行った親類の者が、ツアーはとても急ぎ足の旅なので旅情を味わう間もなく、バスで寝ている間にロマンチック街道は通り過ぎていた、という話を聞いたからです。しかし殆どの観光ツアーは何故かフランクフルトを起点に南下しているので、こっちは逆行ですね。

出発前にアウトバーンを走ると聞いて、ヨーロッパのあちこちに住んだことのある知人に、「気をつけてね、どんな車に乗るのか知らないけど、バックミラーにポルシェが小さく見えて3つ数えたらもう真後ろに来ているからね。」とレクチャーされました。スポーツカーがミラーに映ったら1・2・3の間に車線変更ですね。

ミュンヘンに到着したのは夕刻、翌日は1日街を観光して回り、美味しいビールをたくさん飲んで、大きなアイスバインをお代わりしたナビ君は隣の席の若いOL風の女性に大笑いされてました^^。(画像:ミュンヘン市庁舎の大きな仕掛け時計と中の動く人形)

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(画像:ホテルより)(ミュンヘンの中心街)

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(画像:ビルの壁に取り付くドラゴン)

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そして次の日、いよいよミュンヘンの駅のレンタカーショップに。、勿論、今回もレンタカーは日本から予約を入れていて、希望車種はフォルクスワーゲンだったのですが、さて何の車が借りられるのでしょうか、、。コピーしてきた確認の書類を受付のスタッフに渡すと、ちょっとPCで書類をチェックし、直ぐに駅のPに案内されました。そして、これですというように示された車はフィアットのプント、とてもきれいな水色の車で、オマケにおそらく新車でしょう、タイヤは殆ど使っていない感じです。
(画像:punt)

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タッフは間もなく帰っていき、余りスムースに行ったのでうっかり道を聞くのを忘れていたのでまたショップに戻って、フュッセンへ行く高速までのルートを聞き、市内の地図を貰いました。ショップの人はPからのルートを市内の地図にペンで書き込み、高速のナンバーを大きく書いてくれました。
フュッセンはドイツの南の端でスイスとの国境に位置し、目指すノイスバンシュタイン城は更にちょっと東に行ったところにあるはずです。
それとドイツ語なのですが、英語以上に全然出来ません。取りあえず標識や看板の文字くらいは読めるという程度、なにしろドイツではビッテ、とダンケでだけでなんとかなると信じていますけど、この先の旅程、大丈夫なのでしょうか?
(画像:雪が降ってきました、タイヤはノーマルで怖い!)

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アウトバーンに雪が降り、、

車に乗り込みいよいよ出発。フュッセンまで地図の距離で約100km、そこからローテンブルクまでは同じく約200km、道程にすると400km近く走る事になるでしょう。
またまた出だしから暫くは左右があやふやになって右左折で反対車線に入ろうとしたりしながらも何とか高速道路の入口にたどり着きました。やっと乗って一安心です。これがあのアウトバーンなのか、、と半信半疑で走行。景色は直ぐに両側に林が続く道になりました。
暫く走っていると何やらフロントのウインドウにチラチラする白いものが、、まさか!あ、やっぱり雪だ、雪が降ってきた!見る間に道の脇には積もった雪が現れ、ひゃぁ!ノーマルタイヤなのにどうしよう、、。でもこのまま行くしかありません。路面に雪が積もっていたらどうしよう、、でも心配してもどうにもならないのでそのまま走り続けました。何かあっても保険には入っているし、、。

道路は途中から一般道の山道になり、車も増えて来ました。。どうやらスキー客のようです。此処はスイス国境付近、標識には冬季オリンピックが開催された事があるインスブルックの文字が見えて、近くにはスキー場があるらしく、道の両側はスキー宿、板を担いで歩いている人々もいます。ただ路面に雪が殆ど無いようなので、このまま走って大丈夫でしょう。
しかしまさか雪に遭うなんて予想だにしていませんでした。


幻、ノイスバンシュタイン城

雪もだいぶ収まって空は晴れてきました。ミスコースもなく標識を辿って、なんとかフュッセンの街に入れたようです。此処に観光案内所があるというので、有料Pに車を止め、街に出ました。案内所はPの直ぐ近くにあって多くの観光客が来ていて、係りのスタッフに色々尋ねています。私達が行くとスタッフが日本語のパンフレットをくれました。ノイスバンシュタイン城は標識に案内が出ていましたので此処からほどなくいけるみたいですし、ロマンチック街道へ出る道も同じ方向との事です。そこで休憩がてら此処で昼食を取っていく事にして街の中の雰囲気のよさそうなレストランに入りました。皆ハンバーグをオーダーしたのですが、付け合せのポテトの量が多いこと!そういえば昨日入ったレストランやビアホールでも同じように料理の付け合せにはマッシュポテトがてんこ盛り、それも余り水っぽくなくて美味しいのです。ジャガイモの種類が日本とは違うみたいです。

食事休憩が終わってまた車に乗り込みノイスバンシュタイン城に向かいます。
街の外れから教わったルートに乗ると直ぐに標識が出ていて、舗装された細い道に沿って行くと黄色いお城が見えてきました。え、これはノイスバンシュタイン城じゃないよね。
暫く行った所で大きなPやお土産屋がたっている処に出ました。車を停めふと見上げた景色の中に、白い、RPGのファイナルファンタジーに出てくるお城と全く同じファンタスティックなお城が聳え立っているのが見えました。これがノイスバンシュタイン城です。本当に夢を見ているみたいに雪の中で幻想的に見えているのです。

(画像:雪の中に現れたノイスバンシュタイン城)

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中に入ってみようと思ったのですが、何やら馬車でしかいけないらしく、その予約表を見るとだいぶ待たされそうです。今日はこれからまだ200km以上の旅程が待っているし、暗くなる前に着いていたいので、折角こんな所まで来て本当に残念ですが、城内の見学は諦め、その代わりお土産店でパンフレットを買って読むことにしました。

*ノイスバンシュタイン城(白鳥城)とは、
ファイナルファンタジーがおなじみでは無い方には、ディズニーランドのシンデレラ城もこれを元にデザインされているといえば話が早いと思われます。このノイスバンシュタイン城は幼くしてバイエルンの王となった美貌の持主、ルードヴッヒ2世がワーグナーの歌劇に触発され建てたもので、世界で一番美しい城といわれています。ドイツロマン主義の象徴でもあり、この城の他にもリンダーホーフ、ヘレンキームゼーという2つの城も設立、国の財政を省みず余りに城の建設や装備に傾倒、国税を費やし、41歳の時散歩に出た湖で医師と共に不審な死を遂げているのが発見されたらしいです。

ところで先ほど見えた黄色い城はホーエンシュバンガウ城という名前だそうで、ロマン時代の騎士団によって建てられたとか。
この2つの城を見比べると、ノイスバンシュタイン城がいかにロマンティックな美しいフォームをしているかがよく分かります。
(画像:ホーエンシュバンガウ城)

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お城に目を奪われてちょっと長居をしてしまいました。そろそろ出発しないと日が暮れてしまいます。Pから車を出して、出発!・・・で、ロマンティック街道は何処?
と元来た道に戻ったのですが、該当するような道は見当たらないのです。でも案内所では此処のそばにあるという事だったらしい、、あっち?こっち?と行き来しているとナビ君が、あれじゃない?と指を指した道はどう見ても森の中の散歩道程度にしか見えません。まさか、、でもそれ以外に無い、というのでUターンしてその道に行ってみると、あ、書いてある!「Romantische straße」 、、でもこれが?。

まぁともかく書いてある以上は確かにそうなのですからそれを行ってみましょう!
ロマンチック街道はここから始まるのです。

(画像:ロマンチック街道へ)

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今回の反省とご教訓

・現地の気候情報も調べて行こう。
でないと凍えてしまうかもしれません。

・現地の観光情報も調べて行こう。
でないと折角来たのにパンフレットでお茶を濁すハメに、、、σ;;)

・速い車はやっぱり速い!
アウトバーンでは速い車に譲るタイミングは日本よりずっと早い。
速い車はすご~く速いので、遅かったらスマートにさっと譲ってあげましょう。
青旗は出ませんけどね^^。

次回は「古城街道へ:寄り道ホッケンハイムで不思議なポルシェカップ」です。

text by iraneko | 2005.10.25 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (0)

October 18, 2005

第7回:アジアンラリー・ゴールリポート

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

キッカケは~、
『iranekoさ~ん、タイにラリー見に来ませんかぁ!』
と、電話で軽~い調子で声を掛けて来られたのは、以前出た耐久レースやロードスターのメンテナンスで今もお世話になっているメカニックさん。
え~っ、ラリー!?それもタイで、なんて急に言われましても、、。

聞けば、Team‐Ukyoと大阪トヨタのコラボレーションチームでアジアンラリーにエントリーする事になり、Team‐Ukyoのメンテを担当されている関係でその監督兼チーフメカニックをされるというのです。(片山)右京さんがドライバーをされるし、楽しいパーティーもありますよ~、とダメ押し、、。WRCやパリダカ、十勝ラリーなどTVで見ているぶんにはラリーもなかなか面白そうだとは思っていたのですが、ラリーの知識は無いに等しく、レギュレーションやレースシステムも全然知らないし、、ただ、タイは一度行ってみたいと思っていた国でもあり、折角なのでこれはいい機会かもしれない、と思い、夏休みが取れて行ってみたいという家族の者と観光を兼ねプライベートプランで出掛ける事にしました。

ira_0720真夜中にバンコクに到着、翌朝早くチャオプラヤ河クルーズでアユタヤ行き、夜はムエタイ、翌日ラリーのゴール地点パタヤにチャーターしたタクシーで移動、(タイのメータータクシーは余り信用できないようなので)、ラン島、タイ式マッサージ、と3日間ギュウギュウのスケジュールをこなし、翌日、ラリーのゴールの日に車がゴールインする場所を確認に行きました。


長いゴール待ち

いつもの’行けば分る^^’の筈で、ゴールの華やかなゲートが出来ている事を想像していましたが、向いのオフィシャルホテルに確かにアジアンラリーのボードが貼られているものの、ポスターや掲示物は見当たらず、そのホテルの受付でも宿泊とパーティーの予約の事以外分らないというので周囲を探していたら、ホテル裏、パタヤビーチの道路に面した空き地にラリーのゴールゲートが建っていました、というよりまだ製作中でした。ゴール予定の数時間前なのに、間に合うのでしょうか?(画像はゲートの裏側、ちょっと自分も乗ってみたりする見学者の方)

ira_0703宿泊のホテルに戻ると、別途ツアーやプライベートなどで来られていた方々とウエアですぐ分る皆さんがロビーに集まっておられました。やはりゴールの場所が分らないというのでさっきのゲートまでご案内。時刻は1時、一応ゴール予定時間なのですが、現場にいた現地の警備スタッフに予定は3時だと聞いている、と教えられ、戻ってゲートが見えるホテルの上階のロビーにスタンバイ。外はもうメチャクチャ暑いのです。

さてそろそろ時間、、と思い再びゲートに行くと、関係者の確かな情報で、ゴールは4時になったらしい。現在どこかで集合して、後尾の車の到着待ちをしているのだとか。尤も到着時間が分ればラリーじゃありませんね^^。
TV で見ていてラリーのゴールでゲートに順番に車が1台ずつ入って来るのは、その順に現場に直接ゴールして来ているのではなく、別な処にゴールがあって、そこから順位通り並んでコンボイ状態でゴールゲートに集合し、ゲートに1台ずつ顔を出してプレゼンテーションゴールをやるわけなのですね。そんな事すら知りませんでした。

ゴール!atゲート

ホテルのロビーから道路を眺めていると何やら横にナンバーを付けた車が通過するのが見え、慌ててプールのある裏門からゲートに急ぎ足で向かう途中、ふと横を見ると、あ~っ道路に並んでいる車に乗っているのは今回ナビをされたCoドライバーのUsamiさんではないですか!ということはその横は、あ、右京さん、こんにちわ~!と手を振りました。お二人とも一週間のラリーの疲れは全く感じさせない元気そうな真っ黒に日焼けしたお顔で、ゴール入り待ちで並んでいらっしゃるようです。私は会場のほうへ急ぎました。(画像:こんなところでこんにちわ~)

ira_0702やっぱり!もうゴールインが始まっていました。あ、メカニックのundoさんの姿も見えます。
ゴールはラリーのお約束ゴールに一台ずつが(さきほど作りかけだった)ゲートから顔を出し、ドライバーやナビや車の紹介を受け、写真などを撮った後通過して横のPスペースに向かいます。タイのアナウンサーがタイ語で紹介しているので何を言っているのかは全く分りませんが、時折英語や車の名前やメーカー、ドライバー名など重要な処は叫んでいるので少しは分りました。無事ゴールしたとはいえ、えぐれて凹んだり落ちたりしているフロントやリアを紐やロープで吊上げて固定してある泥だらけで満身創痍といった車が殆どで、それでも1週間の日程を走り切ったナビとドライバーはスタッフや見物人の拍手を受け、ボンネットの上に立って満面の笑みで手を上げ嬉しそうに応えています。

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(画像:ゲートにゴールインする車:右は33号車)(画像↓:女性ペア)
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車は殆どが泥だらけですが、ドライバー他スタッフの方々はホテルにチェックインしてシャワーを浴びてから此処でゴールインされているとの事で、皆さっきまでラリーをしていたとは思えないほどさっぱりとしたきれいなウエアです。何台か待ってようやく33号車、片山右京さんとUsamiさんの33号車がゲートに姿を現しました。殆ど傷もなく凹みも見当たらず洗車されているのか中でもきれいな車の部類です。お二人ともやはり嬉しそうにみんなの声援に応えていらっしゃいました。その後も次々とゴールした車が紹介されていきます。女性ドライバーの車が1台顔を出しました。エルフォードの井藤れいさんとロスリンさんのペアです。女性ペアながら無事完走され、とても嬉しそうでした。

ゴール後,皆に片山右京さんがホットな解説

(画像:身振り手振りで皆に話をされている右京さん)

ira_0771『最初からデータが無くてヒヤヒヤし通し、ストラッドが無くなってダンパーを突き抜けて皆で徹夜で溶接したのに次の日また落ちて、ハブボルトも折れちゃって、ショック(アブソーバ)の事は前の年にあったので分っていたらしいンだけどその辺の情報が分らなくて、タイヤもはじめて使ったので内圧が分らなくて、毎日パンクしてた。でもサービスに遅れないようメカニックは3台に分乗して交代で1台あっち、1台こっちと回ってギリギリだったけど間に合ってノーぺナ。最初30位で次に18位まで上げて11位から4位になってトップ抜いたと思ったら最後ミスコースで20分使っちゃって、でもまた後がミスコースしたりでまた逆転して(クラス)2位かな、、。そうそう、朝ブラインド(コーナー)を流しながら出てきたら牛の行列に突っ込みそうになって、それに木の根につまづいたり、牛を轢いちゃったっていうチームもあったんだ、、、。』

後でメカニックのundoさんにも尋ねると、オフロードで最初のうちは順位が後だったけど、段々本領発揮して前をガンガン抜きまくって、舗装してない道路でも180km出してたらしくて流石でしたよ、と仰ってました。そんなシーンを実際に見てみたかったです。
因みにサポートカーはコースを周回する公道を行くのだそうで、サービスポイントでしか車のメンテナンスは出来ないということで、途中で壊れたらドライバーとナビで直さなくてはいけないンですね。

女性ドライバーの井藤さんにお話を聞きました

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(画像:女性ドライバーの井藤さん。Coドライバーロスリンさんは台湾の女優さん)

『このレースはこれで10回目です。国内でダートを少しやってましたが、オーストラリアで出たラリーではまってしまいました。1週間走り続けた後の達成感が忘れられなくて、毎年出るようになったんです。こういったレースは日本では殆ど体験出来ないですよね。最初の5回くらいはプライベートで出ていましたが、3年ほど前からエルフォードさんがスポンサーで付いて下さっているので負担が軽くなりました。車は毎年同じものを改良して乗っています。ナビ役の Coドライバーは台湾の女優さんなんです。彼女は車が好きなので、女優でもやろうと思えばやれる人はいますから、、。彼女はミスコースもしますけど、迷うところはみんなも迷うし、ドライバーにだって運転ミスがあるので、そのへんは皆同じです。命の危険があるので運転の基本的なテクニックは必要ですけど、やはりこれは経験のスポーツだと思います。自然が作ったコースを走るのは爽快感がありますね。こういうのに年に3回くらい出られたら良いのですけど^^;、、。』井藤さんの車制作日誌と参戦記録のあるHP

打上パーティーは水泳大会

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ira_0711さて夕刻からはホテルのガーデンで表彰式を兼ねた打ち上げパーティーが開かれ、
応援に来られた方々とご一緒に私も参加させていただきました。
タイの民族舞踏で始まったステージには次々と表彰を受けるチームが呼ばれて上がっていきます。また片山右京さんがタイのプーケット島の地震災害に、集めた見舞金を寄付されていました。
(画像:タイの民族舞踏) (画像:プーケットのために見舞金を贈る右京さん)

ところで私の周囲でなにやらひそひそとよからぬ相談がなされていました。
今日ミスコースをした右京さんのCoドライバー、Usamiさんを ××しよう、という企みを聞いたのです。そして、右京さんとUsamiさんが並んでステージで記念品を受け取り、記念撮影が終わったところで、舞台から右京さんがなにやら怪しい合図を送りました。すると待ち構えていたTeam‐Ukyoのロゴの入ったTシャツを着たメカニックの面々がステージの横にすっくと立ちはだかりUsamiさんに襲い掛かり、連れ去ってガーデンの端にある屋外プールに投げ込んだのです。
(画像:↓この手の合図で水泳大会の始まり始まり、、待って、携帯がぁああ・・・水しぶき!)ira_0713ira_0714ira_0715

これが引き金で、表彰されたチームのドライバーやナビやチーム監督など目立った人たちが次々ステージから誘拐されプールに投げ込まれていきました。中には自ら進んで飛び込む人、表彰でステージに上がっても危険を感じて記念撮影もそこそこ逃げ出す人、連れ去られる時に、’携帯、携帯っ!と大声で携帯電話の命乞いをする人、といった具合で、すっかりパーティーのメインイベントはステージの表彰式からプールサイドの水泳大会へと移ってしまいました。殆どのラリー関係者はオーガナイザーやゲストの偉い方々までみんなずぶ濡れ、勿論当の右京さんも結構嬉しそうに投げ込まれていました。そういえば来ていたキャンギャルを投げ込もうか、なんてお茶目な事を言っていたのは確か某U_Kyoさんだったような^^、、、。
ところで、その右京さんに今回のラリーの感想を伺いました。

『何も無い砂漠を走るパリダカとは違って、河とか木の根っことかの障害物がいっぱいあるコースを走るというのは初めてで、最初は慣れなくてちょっと戸惑ったけど、後半はそういうのが余り無い路面だったので思い切り走れて前をどんどん抜いて行けたんだ。難所というと2日目くらいのステージで切り立った崖の下で、なおかつ路面が崖っ淵という、車一台がやっとの凄く狭いコースを走らされて、前のタイヤがズルっと崖の外に出ちゃうんだよね。ちょっとでもタイヤが滑ったりしたら崖の下に転落するような凄く危険なコースで、此処だけは主催者の意図を疑ってしまったけどね。』
このためにヴィッツレースに出場して国際ライセンスを取り、初めてナビをやったCoドライバーのUsamiさんについては、
『ナビは初めてなのに、運動感覚や方向感覚が良いせいか、ミスしても気付くとすぐに修正出来る才能があって、僕は凄くいいナビだと思った。』
と仰っていました。
尚、崖の道については先ほどの井藤さんも同じ事を仰っていました。余程危ないところだったのでしょうか。

パーティーのプール投げ入れ大会ははまだまだ延々と続いています。この分ではラリー関係者は全員このホテルのプールで洗礼される事でしょうね、楽しそうに、、。

ラリーの走行中の様子を実際に知ることは出来ませんでしたが、エントリーされた方々は誰1人疲れた顔をしていない、そればかりか、満足げで爽やかな笑顔なのを見ると、こうして何日にも渡って行われるオフロード系のラリーというのは、どんな道でも限界で運転するドライバー、小さな目印も見逃せないナビゲーター、殆ど寝る事がないサポートのメカニック、それぞれ違った役を持つ三者が最後のゴールという1つの場所に繋がっているという事で、ゴールした時に得られる実感と満足感はピカイチ一のモータースポーツなのでしょう。

(画像:こんなになっても、、ラリーは楽し♪)

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翌朝、帰る前にお土産を買いに出て、昨日ゴールになっていたホテルの裏の空き地の前を通った時、まだたくさんの車が停めてある中、キビキビと動いている1団を見かけました。TeamU_Kyo&大
阪TOYOTAチームのメカニックのスタッフさん達です。(TeamU_Kyo&大阪TOYOTAチーム)

ira_0719undoさんもいらして何やら指示を出していました。
今日もう車を船積みして日本に向けて送らなければならなくなり、その準備をされているようです。私達は午後一番で日本に帰るので、ちょっと声を掛けようかと思いましたが、お疲れの上にお忙しそうなので、邪魔になっては、と見ないフリをして通り過ぎました。
メカニックさん達にとってはラリーのゴールはゴールではなく、車をきちんと元の場所に返すのがゴールなんですね。

今週の反省とご教訓

意外!穴場は大手
ホテルは取れても1月を割って厳しい日程で申し込もうとしている飛行機はどれも満席、空いているのはアッパークラスの高額なシートしかなく諦め寸前、当然ダメ元と思って電話した大手ツーリストで正規割引の便があって、あっさりと取れたのです。
はじめから避けていた大手が逆に穴場だったとは!

方向音痴は、、
後日談ですが、今回CoドライバーをされたUsamiさんはこれがキッカケで国内ラリーのナビにお誘いが掛かったそうです。ナビもレースに参加するひとつの方法でもあるなぁ、、と思いました。が、方向音痴は諦めましょう、、>私です^^;

タイ旅行の前に
慣れないプライベトーツアーなら空港~ホテル間など、ある程度距離のある移動にタクシーを使う時は前もって予約しておいたほうが安心かと思いました。特にバンコクのタクシーのトラブルは多いらしく、ホテルから乗るタクシーも例外では無いらしいです。観光地の乗り合い小型トラックも単独では足元見られて却って高額になったり、道が分らないドライバーも。日本の信用出来るツアーエージェントにNetで申し込んでおくと価格はリーズナブルで現地で確認も取れて安心して乗れます。>ホテルのチャーターは高かったと反省。

(次回は「ドイツ、ロマンチック街道を行く」です。)

text by iraneko | 2005.10.18 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)

October 11, 2005

第6回:道草シルバーストーン

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

ira_0601全ての道はシルバーストーンに通ず?
さて、翌日。
今日ロンドンに帰ってレンタカーを返せば今回のドライブの旅もお終い。元々方向感覚の良いナビ君はすっかりチェスターまでの道は覚えてくれたし、帰りはこのままスンナリロンドン帰れるはずなのです。が、実はロンドンから来る高速で気になる標識を見かけたのです。それには 「Silverstone」と書かれていて、字の横にはご丁寧にチェッカーフラッグのマークまで付いています。
フランスの高速道路の標識にはお城や教会やその他標識に書かれている名前の街にある名所の絵がマークとして描かれていましたが、こちらイギリスの高速道路の標識はどれをみてもラウンドアバウトのマークばかりでいささかへきえきしていたので、あ~っ、此処にシルバーストーンがある!、F1でいつも見聞きしている有名なサーキットが途中にあると知って、帰りに寄ってみようと思っていたのです。

昨夜のレストラン探しから一夜明け、まさか部屋でフィッシュ&チップスを夕飯代わりに食べまくった、などということなどまったくなかったように(証拠の紙パックはくずかごに押し込まれていますけど)ダイニングルームに降りて朝食を取り、荷物をまとめてチェックアウトした後ホテルの外を少しお散歩。

ira_0602今日も快晴でPにはまだ結婚式関係者の車がいっぱい停まっています。隣接の牧場には来た時見たのは数頭だった牛が2晩でずいぶん繁殖したらしく、あちこち 黒白のまだら模様が歩き回っていました。ホテルの周りの庭園はまるで大きな公園のようで、のどかで静か。チェスターからもっと分りやすく来れたら最高に良い所なんですけど。
(画像:ホテル隣接牧場の牛)

さて、記念撮影などしてお世話になったホテルとお別れ、車に乗ってロンドンに向け帰路ですが、勿論途中「シルバーストーン」の標識を見たら高速を降りるつもりです。

帰りの高速は渋滞もなく順調にロンドンへ向かって走っています。このまま行けばお昼過ぎにはロンドン市内に入れるでしょう。来る時に読んだ地名の標識が次々と行きと逆の順に出て来ては過ぎていきます。そして行きに掛かった時間を考えたら驚くほど早くロンドンの文字を書いた標識が出て来てしまいました。シルバーストーンの名前がまだ出て来ないのに、、。おかしいと思ってナビに尋ねると、地図を確認しながら、来た時(M40)と違う道(M1)を選択してしまったので、きっともう通り過ぎたのではないか、というのです。
え~っ!ガッカリしていると、「あ、まだそっちに戻れるかもしれない。この先の出口で出てみて。」というので、高速を降り国道級の道路に出ました。その時のラウンドアバウトの標識にミルトンキーンズ「MiltonKeynes」の名前が!この名前はF1の記事でシルバーストーンに本拠地のあるジョーダンチームの代名詞としてよく使われる地名です。OKOK、この道で合ってる合ってる!

(画像:あ、抜かれた!)(画像:ラウンドアバウトの中から道路の見えかた)(パブ’赤いキツネ’)

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暫く牧草地や林の続くのどかな道を(抜かれたりしながら)走っていると、ラウンドアバウトにシルバーストーンの文字が出てきました。そして高速を出て30分ほどでようやく車はミルトンキーンズの街の中に。ところが街はあるのにサーキットの表示が何処にも見当たらないのです。(いつもどおり^^)行けば分ると思っていたので、折角此処まで来て見つけられないなんて、帰るに帰れません。
ともかく街のメインストリートを街外れまで走って、そろそろ何もなくなって来たので引返そうか、と思った時、目の前のT字路の標識にシルバーストーンの文字が、、。

シルバーストーン見物
あった!といっても、そこはもしこの標識が立っていなかったらまず入らないような横道です。それを半信半疑で入って暫く走っていくと、草地の奥に飛行場の周囲にある金網の柵のような囲いがあって、その中の建物にシルバーストーンの文字が見えました。
車を降りて柵の中を見ると、どうやら此処はコースの裏側のようなのです。オマケに私がサーキット備品を買っているレース用品アウトレットショップのGPRの本店の看板が見えました。残念な事に「本日休業」の看板が出ているみたいです。もうチラッとでも見えたのだから引き返そうか、、
(画像:GPR)

ira_0621でも、とすると、サーキットなんだからこのまま周回路を回って行けば表の入口に着く筈、と当り前の事に気付き、また車に乗って周回路を走っていくと、あ、此処です!シルバーストーンの表の入口に到着。

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(画像:サーキット周回路)(画像:表の入口とコース案内図)

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(画像:サーキット走行中のポルシェとエリーゼ)
(画像:観客席全景)

でもF1もレースもやっていない時に中に入れるのでしょうか?と、横道から来た車がゲートの中に入っていきます。私もその後に続きました。脇の検問所で、中を見物したい、というと、パドックの中には入れませんよ、と一言ことわりを言われてスンナリ通してくれました。同じようにサーキット見物に寄った車が何台か来ているみたいです。
車をPスペースに停めて中に入りました。中ではサーキット走行をしているらしく、隣にインストラクターが乗ったポルシェとロータスエリーゼがショートカットコースを走り回っていました。

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(画像:慰霊碑)(画像:貰ったパンフ)

暫しスタンドや周囲を見物して外に出ると、なにやら記念碑が立っています。前に花輪が置いてあって、パイロットの名前が、、。此処は昔飛行場だったということなので、事故か何かで亡くなられた方々の慰霊碑なのでしょうか。
帰りにゲートのさっきの検問所の前を通ったので、サンキュー、バーイ、と挨拶をして出ようとしたら、中の係りの人から呼び止められ、何かと思って車を止めると、シルバーストーンのパンフレットをいっぱい車まで持って来てくれたのです。わぁ、有難うございま~す!

冗談じゃない、Jordanだ!

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(画像:ジョーダンこっち!)
(画像:本拠地ゲート前)

コースは見れたし、お土産にパンフレットは貰ったし、さて帰ろう、とゲートを抜けて周回路に出ると、あ、またまたこんな案内板が、「Jordan」って書いてある!そういえばジョーダンはさっきも書きましたが、この地名で形容される通り此処が本拠地で、オマケに確か'サーキットの前に本部があるジョーダンチーム'とよくF1記事に書いててある事を思い出しました。見てしまったので仕方ない^^、これは行ってみるしかないですね。

案内板の通りに行くと、道の行き止まりにありました、此処がジョーダンの本部です。
大きな木のゲートがあって、案内には、グッズは中へ、なんて書いてあるので、中に入れそうです。ゲートを入ろうとするとかっぷくのいい係りのおじさんに制止されました。
「あ、ダメダメ、今日は休みで中には誰もいないから入れないよ。」
と、ようやく拾い聞き出来るようなかなり早口のすごくナマリの強い英語で言われました。
ガッカリして引き返そうと車をバックさせると、おぉ!ゲートの中から巨大なジョーダンのトランスポーター車輌が出てきたのです。中に誰もいないなんて、ジョーダンでしょ。しかしその車体の大きい事!F1マンを運んでいくのでしょうか?少し後を付けて写真を撮って見送りました。これで中に入れなかった分、ちょっとだけ挽回出来た気がしました^^v

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(画像:出た~Bigなトランポはメルセデス)

帰りは正面ゲートから出たので来る時と別の道でしたが、これが正規の道なのでしょう。両側が草地の片側1車線、舗装されていますが狭い一本道なので、こんな道を車で通ってF1観戦に来るとしたらかなり混みそうだと思われる道です。(私は観に来ないので余計な心配なのですが。)雨が降るとPが泥だらけ、というのもよく分りました。

その差が気になる
さてシルバーストーンの道草でちょっと遅くなりましたが、ロンドンまではもう一息。
此処から道のりで40kmくらいです。近い!都内から通勤距離、といったところですね。
ロンドン市内の周回路は工事で少し渋滞していましたが3時ごろレンタカーショップに到着、スタッフに給油所を教わって満タンにして返却しました。
レンタカーのショップの担当者に、ちょっと待っていて下さいと言われ、暫く待っていると、車をチェックしましたが何も問題ありませんでしたと、明細を書いた受取の書類を打ち出してくれました。でもこれが普通ですよね。
返却した車も見ないしチェックもしない適当な某パリのレンタカーショップの対応とは全然違うと思いますが。
ともかく今回も無事帰って来て車を返し、ようやくほっとしながらホテルに戻りました。


今回の反省とご教訓

・諦めないで行けば道はどこかで繋がっている、とつくづく思いました。
行けばなんとかなる、かもしれない。無理は禁物ですけど。

・行程は余裕を持って、今日は珍しく余裕があってよかった^^。
何といっても早出早帰りは旅行の鉄則ですね。

番外編
レースウエア、備品の調達ショップご紹介
カートやサーキット走行をされる方々でレースウエアや備品が必要な方に、私はNetでGPR(GrandPrixRacewear)というシルバーストーンに本社のあるアウトレットショップを使っています。
ロンドン中心部からヒースロー方向、地下鉄ピカデリー線のアクトンタウンActontown、ディストリクト線はチヂックパークChiswickParkという駅で降りて徒歩5分ほどのところにもショールームショップがあります。ロンドン中心部から20分くらいです。無論Netでオーダー、カタログも注文できますが、ショップに行くとお買い得品などがあって、サイズが合えばかなりお安く入手出来ます。もしロンドンに行かれる機会がありましたら覗いて見られては、、。尚、この情報は広告ではありません。また私とGPRとの利害関係は全くありません。

(予定変更のお知らせ:次からドライブ道中記はドイツ編に移りますが、
次回はスポットでタイで見たアジアンラリー・ゴールリポートをお送りします。)

text by iraneko | 2005.10.11 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (2)

October 05, 2005

第5回:ピーターラビットの故郷を訪ねて

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

ira_0501ピーターラビット が誕生した(LAKE DISTRICT)はチェスターのほぼ真北、道のりで160kmくらいのところにあります。ロンドンからチェスターまでの約半分の距離です。
一帯はナショナルパークになっていて、高い山がなく丘陵の多いイギリスの山岳地帯でもあります。
湖水地方はその名の通り、50km平米くらいの範囲に十数個の細長い湖が点在しており、その中でも大きなウインダミア湖周辺は別荘地・観光地、そしてピーターラビットゆかりの場所です。

ピーターラビットについてはここで解説するまでもなく、ベアトリックス・ポター、という女流作家・画家が書いた子供向けのお話の中に出てくる、(ミッキーマウスと並ぶくらい)余りにも有名な主人公のウサギの名前ですが、作者のベアトリックス・ポターについては余り知られていないかもしれません。彼女は裕福な家に生まれ、子供の頃から静養地の別荘で絵を描いて過ごしていましたが、後年ウインダミア湖のそばに別荘を建て、此処で動物や植物の絵を描き、また親戚の子供のために自分の飼っていたウサギをモデルにしてピーターラビットの物語絵本を書いたのです。ナショナルトラスト運動の実践者としても有名です。
湖水地方はイギリスの著名なロマン派詩人のワーズワース(1770~1850)を生んだ土地でもあります。

今回はピーターラビットが好きな方には楽しんでいただけそうですが、そうでない方もそれなりにお付き合い下さい。

LAKE DISTRICT
(湖水地方)

朝、快晴!昨日の結婚式で、周りの部屋は子供連れのご家族やグループで満室のようでし
た。朝食をとりにダイニングルームに下りてみると、窓の外には昨夜ガーデンパーティーの痕跡か、シャンパンやワインの空き瓶や呑み残しのグラスなどがいっぱい載ったワゴンがそのまま置かれていました。きっと深夜までウエディングパーティをしていたのでしょうが、私達の部屋はまるで蚊帳の外のように静かで全く気付きませんでした。
朝食はバフェ(ビュッフェ)だったのですが、卵のオーダーは取りに来てくれました。ゆで卵の硬さやフライドエッグの焼き方にうるさい国だからでしょうか。それとシリアルの種類が多くて驚きでした。同じようなモノなのに、ハコ入り袋入り、ガラスのジャーから自分で取り分けるモノなどに分かれていて、こんなものに こだわるのかと感心。
席に戻るとパンはバフェテーブルから取って来たのに、更にイギリス特有の薄いトーストが3~4枚シルバーのトーストスタンドに入って銘々の席に1基づつ持って来られ、ひゃぁ!そんなに食べきれませ~ん!

食事を終え、ピーターラビットの故郷に向けて出発しました。昨日散々迷った道をチェスターの方に戻り、M56からM6に乗って北上すれば有名な観光地行きなので標識が出て来るでしょう。と今回は割とすんなりウインダミアの街に入ることが出来ました。高速を降りてからの道、M591は日本で観光地に行くのと同じような道路感覚で、関東でいうと日光街道といった感じです。
ira_0502湖に近付くにつれて車も多くなってきて、石造りの田舎風の屋敷にはレストランやホテルの看板がついています。

ira_0503坂道を登って少し下ると湖が見えはじめてきました。これがウインダミア湖なのでしょうか。乗船場も見え、進むにつれ自分達の車も次第に週末の観光地の賑やかな雰囲気の中へと混ざっていきます。

暫く湖沿いの道を行くとPの看板が見えたのでそっちに行くと、公園のような駐車場の入口付近は既に車がいっぱい、奥に行ったのですが、そこも満車状態で皆イレギュラーな場所にも停め始めています。私も通路で邪魔にならない場所に空のスペースを見つけて駐車。するともう隣に直ぐ車が停まりました。
(画像:混雑しているPここでもHONDA多し)(画像:トラムより見える湖)

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車から降りるとトラムが走っています。この湖の周囲には機関車トーマスのモデルとかいうSLのラインも走っているようです。とりあえず手始めにこのトラムで湖の周囲を観光する事にしました。最初のがいっぱいで、次の発車まで待って、という車掌さんにチケットを渡すと、私達に、コンニチワ!と日本語で話しかけ、前にいた中国人風の親子にはニーハオと言っています。全然話もしていないのに何処で日本人と中国人を見分けたのでしょう?流石、観光地で仕事をしている人ですね。テープの解説は余りよく聞き取れませんでした。まぁ右手にありますのは、、とか左手の建物は云々などと言っているようでした。

トラムを降りて、すぐそばにあるピーターラビットの館、ベアリックス・ポターのアトラクションに入場しました。ポターの別荘地周辺はナショナルトラストが管理していて、ポターの作品の版権も持っているので、此処はナショナルトラストがやっているアトラクションなのでしょう。
では内部をご案内しましょう。
(入場料は1000円くらいです)(外と中で迎えてくれた新旧のP・ラビット)
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中のピーターラビットの部屋は、あちらこちらに作られている小さな窓を覗くと、中にこんな絵本の世界と同じシーンの立体フィギュアが作られていて、見て歩くだけで童話の中に入れます。此処にはまた、ポターの生涯をスライドムービーで見せる部屋やお土産コーナー、カフェもあります。

ira_0516ira_0517このカフェのサンドイッチや手作りのお菓子はどれも大変美味しくて、もし行かれる機会があったらちょっとお寄りになる事をお勧めします。

此処を出るとまだ日も明るかったので、ポターの別荘のあるヒルトップに行ってみようという事になり、Pに戻りました。車を出して湖の周回道路に出たのですが、道が地図と違っているらしく(要するにミスコース^^)湖のどのあたりを走っているか分らなくなって、数回Uターンを繰り返しました。しかし窓の外のゆったりとした湖水地方独特の景色を眺めながらヒルトップに通じる道を探してドライブモードです。湖の岸ではピクニックしている人たちや、また小さな岸辺の街もあって、どこも観光や別荘に来ている人々で賑わっています。

(画像:BANKって銀行?)(画像:湖周回道路運転中)(画像:プリメーラ 本日目撃3台目)

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迷いながら何度も通った見えにくい3差路の脇にまだ入っていない道を発見!これだ、と入って行くと、道は次第に狭くなり、丘を上る細い坂道になってきました。もし対向車が来たら絶対絶命!みたいな道です。この道で良いのかと心細くなって来ましたが、外には見当たらないし、、とトロトロと走っているところへ丁度向こうから女の人が2人、散歩途中という感じで歩いて来たので、車を停めてヒルトップへの道を聞いたところ、こっちが向かっているのは逆だったみたいです。少し先の僅かな幅員でUターンして戻って彼女達を追い越して行くと、ようやくホッとできるような広い道に出ました。暫く走ったところでそれらしい看板の出ている石造りの大きな家が見え、反対側には訪問者用のPスペースがあって、どうやら此処がその場所のようです。
早速そのPに車を停め、ポターが過ごしたという家の敷地に入りました。ところが何と、30分ほど前(5時)に入口は閉まってしまった様子。本当にしまった!です。オマケに見学には予約が要るらしいような事も書いてあります。仕方なく家の周りを見学だけして雰囲気だけ味わいました。(敷地内にも見学者用Pがあります)
本当に田舎の素朴な農家という感じで、今、ウサギが何処からか出てきても違和感は無いでしょう。ピーターラビットは此処で生まれたのです。この周辺一帯はナショナルトラストによって管理保護されているということです。
(画像:ポターの別荘入口)(画像:駐車スペースから見た風景)(画像:駐車場:スペースはこのくらい)

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(ポターとPラビットのフィギュア:アトラクション内)(ポターの書いたPラビットの原画)(ポター作品:コウモリの絵)

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屋敷を見物して戻ると、このそばに古くからある有名な村唯一のパブがあるというので、丁度のども渇いたし、ちょっと休憩で寄ってみる事にしました。

(画像:パブの建物)(画像:名物のマスターらしい)(画像:壁には訪れた有名人の写真やサインとキツネ)

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勿論私はハンドルがあるので残念ですがウーロン茶、、じゃない、ノンアルコールビアです。
店の中は立ち寄った観光客や地元の人でいっぱいでしたが、どうもこの名物マスター1人で切り盛りしているみたいでした。ビールの注ぎ方がなんともまたカッコイイ!

行きはよいよい帰りはハラペコ

一息ついて車に戻り、さて帰り道はあっという間に来たA591に出られて唖然。なんだ、こっちから来れば早かったのに、、。といってももう手遅れ、また今度来る時の参考にしておきましょう、、っていつ来るのか分かりませんが^^;
そして迷うことなく高速道路に乗って一路チェスターへ。今日の夕飯はホテルでなくチェスターに寄って街の中のレストランに入ってみよう、と車を走らせます。
ところが日曜の帰りに高速が混むのは何も日本に限った事ではなく、思ったよりずっと時間が掛かってしまい、チェスターに着いた時にはもうすっかり日が暮れていました。ヨーロッパの夏は8時頃まで明るいのですが、街中に路上駐車してお目当てのレストランに入ると、既にディナータイムは終了、パブタイムになっていたのです。車で街道沿いにあるレストランにも何軒か行ってみましたが、どこも食事はもう出ない状態でした。

このままホテルに戻っても9時過ぎてホテルのレストランも閉まっている事でしょう。
都市のホテルではないのでルームサービスも期待できないし、、あ~ぁ今夜は夕飯は食いっぱぐれなのでしょうか!そう思うと余計空腹が効いて来ます。どうしよう、、とまたチェスターの街に戻って行くと、道路の詰まった公園のような処になにやら仮店舗風の店があって裸電球の明かりがついています。
ひょっとしてファーストフード店か、、と近寄ると、何とフィッシュ&チップスの出店でした。
見ると中華料理のメニューも書いてあります。これこそ地獄に天使!早速そばに車を停めて中に入り、フィッシュ&チップスのセットと中華風の煮物料理をオーダーし、テイクアウトにしてもらいました。待っている間話をすると、ご夫婦でつい最近オープンしたという店で、東洋系の女性スタッフは日本語が結構話せるみたいでした。ちょっと待たされましたが、ともかくこれで食いっぱぐれは免れました。

今回はレクサムとロセットの地名を辿って、迷わず!にホテルに到着しました。しかし手に持っている紙の箱からは、揚げ物と煮物の強いにおいが発散、みんなでわき目もふらず部屋に急ぎ、部屋に入るや否やペーパーボックスを広げて一斉に食べ始めたのは言うまでもありません。
空腹が限界だったとはいえこの中華料理、意外と美味しくて、これは結果オーライだったかもしれないね、と皆で妙な納得をし合った次第でした。
でもいくらイギリス名物だからといって、フィッシュ&チップスをこんなふうに食べる羽目になるとは・・・・また良い思い出になりそうです。


今回の反省とご教訓

・旅先では締め出しにご注意。
見物する場所の時間は前もって調べて、間に合うように考えて行きましょう。
ヨーロッパの夜は夏は8時頃でも割と明るいので、つい日本の夕方のつもりになってしまいますが施設は勿論殆ど9時5時。
折角海外に行って見に行ったモノを見られなくては何もなりませんからね>はい、その通りです~、、。

・旅先では食いっぱぐれにご注意。
レストランの食事の時間は早く終了、また早仕舞の店も多く、
ファミレスもコンビニも無いのでモタモタしていると食事が出来ず行き倒れてしまうかも、、。
それにしてもまたまたラッキーで救われた今回でした。


*番外:静かなヨーロッパの子供達の謎

ヨーロッパの子供達は躾のせいか公共の場所で非常に静かにしているのに驚きます。
今までロンドンで観劇に4回くらい行きましたが、その子供達は夜遅くても両親や知り合いと観に来ていて、幕間に明かりが点いてはじめて大勢の子供達が席に座っているのがわかった時はびっくりしました。
公演中は物音ひとつ立てないし、勿論話し声や泣き声も聞こえません。
パリのレストランで(照明が暗くて)隣のテーブルにいた若いご夫婦が席を立ってはじめて2歳と5歳くらいのお子さん連れだと分って驚いた事もあります。
またこの時泊まったホテルであった結婚式の招待客で、小さいお子さんのいるご家族連れの何組かと同じフロアだったのですが、声も音も聞こえませんでした。
一体どんな風に小さな子供達を静かにさせているのか知りたいです。
日本では最近公共の処で迷惑になっているお子さんは少なくなったように思うのですが、
この前行ったタイでは東洋系のご家族連れのお子さん達が大勢いて、ホテルのロビーでやりたい放題でした。余りにも違うので、ちょっと書いてみました。

(次回は’道草シルバーストーン’です)

text by iraneko | 2005.10.05 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (1)

September 27, 2005

第4回:ロンドン~湖水地方へピーターラビットを探しに

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

2002年8月、ジュネーヴに滞在中で1ヶ月夏休みのナビ君のアパートを拠点のヨーロッパ旅行の締めくくりにナビ君長期休暇最後の一週間に彼のリクエストでイギリスの湖水地方をドライブ旅行する事になり、ジュネーヴから飛行機でロンドンへ。ところが着いたのはヒースローだと思っていたのに何かの都合でガドウイック空港になっていて、機内アナウンスがあったと思うのですが、聞いてなくて、出てから此処は何処?
今回はモンサンミッシェルのナビと70代半ばで旅行大好きおばあちゃんと3人でイギリス旅行です。

AクラスでGO!

ira0401イギリス滞在の期間は僅か4日間。到着翌日、宿泊した地下鉄*ラッセルスクエア駅そばのホテルで朝食を済ませると1晩泊まったホテルをチェックアウト。しかしまた此処に戻って来るのでホテルのカウンターにその旨を伝え余分な荷物を預け、ホテルから歩いて数分の所にあるレンタカーの営業所に向かいました。
勿論この前のパリの轍を踏まないよう、既に日本からオンライン予約し、確認書もしっかりコピーして持参しています。
このショップにはスタッフが2人しかいなくて、オマケに前の人の手続きが長くてかなり待たされ、また面倒な手続きが要るのかと不安になりましたが、順番が廻って来て予約の確認書を出すと、もう書類がちゃんと用意してあって、あとは注意事項を確認、(保険は一応予約の時チェックを入れておいたのですが)保険の種類をどうするか聞かれ、自招事故や故障も全てをカヴァーするという安心プランの保険をチョイス。2泊3日レンタルでトータル£196=約30,000 円はとっても安いですね。
でもやはり心配なので(前のパリでのトラウマ)、一応本当に全部込みの価格なのか確認しておきました。

ira0402駐車場から出された車は黒のメルセデスAクラス。MT車をリクエストしていたのですが、これはATです。Aクラスとはいえメルセデスを運転するのは初めて、どんな感じなんでしょう。
先ずスタッフと車の中や車の周りに瑕疵が無いことを一緒に確認、脇にほんのかすかな擦り傷があるのはチェック済みだと車の図を見せながら言ってくれました。
日本と同じ島国で、海外持ち出しの可能性も少ないせいか、何処かの国のパリとかいう処のレンタカーショップと違ってクレジットカード云々なんて言わないし、手続きもきちんとしているみたいで安心しました。国民性ですかねぇ、、。

車のチェックが終わって鍵を渡され、いよいよ出発。一応高速道路に乗る道順は此処で聞いておきましたが、今回はミシュランの地図は無く、此処で待っている間にショップの中に売っていた詳細なイギリスの道路地図を買いました。これさえあればイギリス中何処でも行けそうなほど緻密な地図で、高速に乗るまでのこの付近の道路図も貰ったのでもう大丈夫!
先ず目指すはチェスター。今日はその郊外のホテルに泊まる事になっています。
チェスターは有名なマンチェスターほどではないにせよそこそこの観光地なので迷わず着けるでしょう、と思って街に出た途端早くもミスコ~~ス!ラッセル駅からちょっと先の大通りをそのまま西に行けばもうM40号の高速道路の入口なのですが、厄介な事に左折禁止の一通道路なので、大回りしてもう一度ホテルのそばまで戻って出直しでした。
途中、街の中にもあの、ラウンドアバウト状態の交差点が何ヶ所もあって、混雑している交差点でミスするとまた戻るのが大変なので、取敢えずナビの指示通りに、えっ、どっち?こっち?そっち?あっち?という具合で運転者本人は訳も分らず通過。
しかしフランスでの経験が全然生かせてませんね~(痛感!)。

さて、間もなく一般道と繋がっているM40という高速道路に無事乗れました。
因みにMというのはMotorWayの略で自動車専用道路。国道級はAで、2車線道路と1車線道路、その他の道路もA表示だったり、県道級でB表示もあって大抵色分けしてあります。高速道路は無料です。でもやはり右ハンドル左側通行は日本人には気が楽ですね。オマケに周囲の車はフランスみたいなスピードは出していません。車はみんなきれいで、バックヤードで自分で手入れする車好きの国民だという事がよく分ります。
日本車も多く何故か当時私がサーキットに使っていた車、日産プリメーラによく出くわします。後で聞いたら工場がイギリスにあるらしく、まだ生産しているのかもしれないという事でした。そういえばプリメーラUKという逆輸入車もありましたっけ。

カラフル塗装の楽しい車。

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また、見かける車が殆どプジョーやシトロエンばかりという愛国車の多いフランスと違って、外車(英国産でない)が多く、特にこの時点で既に韓国の現代(ヒュンダイ)の車もいっぱい走っていました。最初はマークが分らなくて何処の車かと思いました。まぁ英国の国産車ってもう殆ど無いのですけどね。こんなに車好きの国で自国ブランドが無くなっていくのが不思議です。量産嫌いの性格なんでしょうかねぇ、、。

天候は雲が多少出ているものの晴。週末ということもあって車も多くてところどこ渋滞もありましたが、概ね快適なドライブ道中です。市街を出るともう左右は緑の牧草地帯、山はなく低い丘が続き、時折緑の中に点在する白い雲に見えるモノは羊の群れで、あちらこちらでのんびりと草を食んで、空にはパラグライダーが浮いていたりと、のどかな景色を眺め、ラジオの音楽を聴きながらハンドルを握っています。海外を走っている緊張は全然感じませんが、ミスコースだけはしないように標識には注意していました。

ira0405カプリは以前乗っていたので懐かしくて、、、

ロンドンを出て200kmほど走った所でM40は途切れ、M42に入りそこからM6で北上を続けます。M6に入ってちょっとほっとして、お昼も過ぎているし、トイレ休憩も必要になったので途中のSAに入りました。

イギリスは日本と同じ左側通行ですが、SAに入る側道、休憩所の感じも日本と殆ど同じ、違いは周りにいるのが日本人ではないというだけで、どちらかが真似したのでは、と思われるほど似ているので本当に楽です。この日は土曜日で、エリアの中には地元の小学生達がチャリティーバザーの出店を出していたので、かわいいサンタクロースの縫いぐるみを買って1£札を出したら、なんと5ペンス。お釣りに困っている様子なのでそのまま寄付(この時はまだユーロが普及していなかった)。サンドイッチを食べ、一休みしてまた道路に戻りました。
このまま、マンチェスター方面に向かいM6が途中交差しているM56で左のチェスター方面に進路を向け、あとは「チェスターチェスター」と唱えながら^^標識を見ながら行けば着くでしょう。

ira0406道路の地名の標識は次の大きな都市や街の名前がそこを過ぎるまでずっと出ていて、途中で急に出て針路変更させられたりしないで済むのと、日本のようにフォローしていた筈の地名がいつの間にか消えていたり、違う名前になっていたり、などという事は無く、ずっと同じ地名で出続けているので安心して走っていられます。特に分岐点の前ではこれでもかというくらい何度も大きく出ていて、また分岐路から先の街と、そこに行く道路のナンバーも併記されていて、アルファベットが読めれば誰も迷わないと思います。途中オービスを何個か見かけました。

ロンドンを出て250kmほど走行、M6分からM56に乗り換えると高速は途切れます。此処からA41の国道でチェスターの市街地に向かいました。国道といっても周りは雑木林や草地の一本道、時折出てくる標識だけが目印で走っています。それにしてもラウンドアバウトの多いこと、兎に角交差点は全部ラウンドアバウトで、差し掛かるたびにドッキリしてしまいます。何しろ標識に書かれている普段聞いたことも見たことも無いアルファベットの地名を素早く読んで、出口の方向を即判断しないといけないのですから、、。つい、漢字で書いてあればすぐ分るのに・・・なんて思ったりしました。


安堵一転、ホテル探しツアーに、、

ようやくチェスターの街に着いたのは夕刻前でした。街の中を様子見に少し走って、大きなホテルの駐車場があったのでそこに車を停めました。
チェスターは歴史的な建物が多く観光地になっていて、此処を拠点に湖水地方に行くツアーもあるので、街の中には観光案内所があるらしいのです。取敢えずそこで今日泊まるホテルの場所を聞いてみようと歩いて中心街に行ってみました。ところが運悪く、ほんの15分くらいの差で終了したらしく、既にドアが閉まっていました。

チェスターの街の中のホテルを取れば分り易くてよかったのですが、イギリス特有のお城のホテルに泊まってみたいなどと思い、Netでサーチしてわざわざ街郊外の元マナーハウスのようなパレス風のホテルを取り、チェスターから5kmと書いてあったので、(実は5マイルだったらしい^^;)アクセスルートも確認せず、まぁ行けば分るだろうとたかをくくっていた結果がこの事態です。

仕方なく戻って、ホテルの前にあったロータリーにバス会社があったので、そこのスタッフに聞いてみました。住所を見せると、そこがロセット「Rossett」という場所である事とレクサム「Rexham」という街に行く途中にある事が分り、バスの運転手さんにレクサムに行く道を教えて貰ったのですが、それも大体分ったという程度でした。
お昼にSAで休憩してかれこれ3時間以上経っているし、ひとまず落ち着いたので、一息ついてもう一度聞いた道を地図で検討しようと、車を停めたホテルの中にあるティールームでお茶にする事にしました。ホテルなら電話も使えると思ったのです。
ホテルの中に入ってロビーを通った時、フロントに日本人の女性スタッフがいるのに目が留まりました。
おぉ、これは天の助け!詳しい道を教えてもらえるかもしれない、と早速彼女の所に行って住所を見せ尋ねたところ、彼女が中にいた仲間の受付スタッフに声を掛けてくれて、『あ、そのホテル、知ってる!』という地元の女性スタッフがわざわざホテル用の地図を持って来てプリントし、行きかたも詳しく説明してくれました。そのホテルがロセットの街にある高校の前の道を入った処にあるという事も教えてくれたのです。

暗くなって迷いたくない、日が落ちる前には着きたいと思い、早目にお茶を切り上げてまた車に乗りました。ナビ君は教わった道を反すうしています。教わった通りの道を、橋を渡りチェスターの街を出てラウンドアバウトをいくつか過ぎると、次のラウンドアバウトの標識に「Rexham」の表示が出ました。その道を行くと、途中に「Rossett」という町の表示があるはずなのです。
ところがかなり走ったのに表示がどこにも出て来ません。地図で示された距離はとっくに過ぎています。次第に不安になって、GSを通過した事を思い出し、燃料のほうも心配だったので引き返してそのGSに寄りました。幸い無人ではなく売店があり、給油口の開け方が解らず四苦八苦しているところに出て来てくれた店員のお兄さんに道を聞いたところ、どうやら入る脇道を通り過ぎてしまっているらしいのです。道を戻って暫く行くと、あ、これだ、あった!道の脇に小さな表示板が見えました。それも茂った草に隠れオマケにそっぽを向いていたので反対の車線からは全く見えなかったのです。こっちは大きな分り易い看板が出ているとばかり想像していたので、まさかこんなちっぽけな道標だったとは、、。

やっと道が分かって、間もなくロセット(Rossett)の町に入りましたが、町は静かな住宅地といった感じ。軽井沢の裏道を通っているみたいでホテルなるものは何処にも見当たりません。確か高校のそばと言われたのを思い出し、ウロウロ周っているとそれらしき建物があって、ハイスクール’の文字がありました。この前と言われていたのだけど、、と、ナビが細い小道があるのに気付きました。見るとそこにホテルの名前を書いたこれまた小さな立札が立っています。よく駐車場にある借主の名前を書いた立札、といった程度のモノなのです。あっ、此処だ!とまるで田畑の農道みたいな草の生えた小道を入っていくと右手は牧場で牛がいます。まさか、こんなところにホテルが、、と思いましたが、そのまま奥に進むと、きれいに花が植わっている小さなロータリーがあって、ようやくホテルと思われる瀟洒な屋敷風の建物と侵入路が見えました。

ira0407ここがそのホテルのHPです)。中のLocation&Contactを開けるとBy motorway from the Southの項目にロンドンからの行き方が書いてありますが、これを読むと行きにくいアクセス路が分っていただけると思います。それを土地勘も無い外人(我々です^^;)が地図なしで行こうとしたのですから、無謀ですね~。

ともかく無事日暮れに間に合って到着出来たのは幸運でした。

このホテルでは今日結婚式があったみたいで、空缶をリボンで結んだ車が停まっていて、駐車場は招待客の車でいっぱいでした。

(それにしてもHONDA車が多いのは何故?)

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遅くなったので夕食はこのホテルで取る事に。イギリスは食事が不味い、は常識で、前にロンドンに来た時(といっても10年くらい経っていますが)食事がひどく不味かったので覚悟していましたが、とんでもない!イギリスの典型的な地方のディナー食(猟料理系)で、とても美味しいのにはビックリしました。

今日はラッキーで此処まで来れたのですが、途中迷ってもし着かなかったら車で野宿とか、さっきのチェスターのホテルに戻って泊めてもらう事も考えたりしていました。
甘い計画事故の元、深く反省した次第です。


今回の反省とご教訓

ira0411(画像はホテルにいたネコ。目が悪いようです。)

・聞くは一時、恥でもなんでもない!男性は道を聞くのを嫌がるとか、、
心情は解りますが、朝道を聞かば夕べはホテルで美味しい晩御飯、なのです。
バスのスタッフさんホテルのフロントさん、GSのお兄さん、有難う。助かりました。

・ご旅行は計画的に。車で行く先の道順は目的地まで必ず目を通して確認しておきましょう、、と大いに反省。海外、見知らぬ土地は侮るべからずですね。

・イギリス料理を先入観で不味いと馬鹿にしてはいけません。後日またロンドンを訪れた時には美味しいレストランがいっぱいあって驚きでした。元来伝統的なイギリス料理は美味しいものなのだそうです。

・イギリスも高速道路のオービスやパトカーにはくれぐれもご注意下さい。一応高速道路の取締りは日本並みだそうです。現地の新聞ネタで、運転中にネクタイを結んでいるところを(両手放し運転で)オービスに撮られて話題になった人や、80代のおばあちゃんがビバルディーをうっとり聞きながらうっかり200km/h以上出していて捕まったという話も聞きました。

番外情報
*ラッセルスクエア駅:テロの標的になった駅ですが、既にこの時も、ものものしい厳戒が布かれて警官がいっぱいいました。尚、すぐそばに大英博物館があります。

*このイギリス旅行の前にF1ハンガリーGP観戦に行ったのですが、スイスのツーリストで半月前に申し込んで貰って(この時はジュネーヴ~パリ経由ハンガリー行き)往復航空運賃とトラベラークラスのホテル代2泊込みで1人分25,000円でした。ホテルは現地の観光案内所でF1開催中でも十分取れます。一泊5,000円位で☆×3クラス。F1のチケットは現地ターミナル駅売店で売っています。日本からのツアー代金で、個人旅行ならパリ観光付きで行けると思います。ご参考まで。

(次回は、ピーターラビットの故郷を訪ねて、です。)

text by iraneko | 2005.09.27 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0)

September 20, 2005

第3回:パリ~モンサンミッシェル800km日帰りドライブその3

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

で、モンサンミッシェルって何?(画像は展示模型:内部蔵)

ira0301 これまで何度も繰り返し名前を書いていて今更ですが、モンサンミッシェルって一体何なのでしょうか?
実はここに着いた時点で、私を含めて今回一緒に来たメンバーで誰一人答えられる者はいません。(断言)言い出しっぺの私自身ですら、持っている知識といえば、

・クッキーの包装紙でよく見る(場合によってはクッキー本体に刻印までされている)
・名前からいって(聖・ミカエルだからキリスト教の施設か、、
・そういえば以前此処が始まりの舞台となった推理小説を(冒頭だけ^^)読んだ。
・買った雑誌に案内が載っていた。(けど、余りよく分からなかった)

といった程度なのです。しかしお菓子にまで描いてあるという事はフランスでも余程ポピュラーかつ重要な処に違いない、折角フランスに行ってそれを見ないで帰るなんて、と皆に写真を見せると、あのアントニオ・ガウディーも驚くような建物の異様さに一様に興味を示し、じゃ、そこに行ってみよう、という程度のノリで、わざわざレンタカーを借り(5人で行くとバスツアーやTGVよりずっと経済的!)パリから4時間もかけて、それも下道で(距離を考えれば異様な速さですが)トイレ以外休まず飲まず食わずでここまでやってたわけです。到着して皆元気良く車を降りたのに、一人どっと疲れが出たiranekoでした。

intermission
ちょっとランチタイム

到着時刻午後1時。みんなお腹ペコペコ。何といってもモンサンミッシェルはもう目の前にあるので置いといて、先ずは昼食のレストラン探し。誰かが、此処のオムレツは有名らしい、と言ったので(モンサンミッシェルの事は調べなくても、食べ物は調べて来るんですね~)日本にもよくあるような両側にみやげ物屋がぎっしりと並んでいる狭い参道風な通路を上がって行くと、ガイドブックに載っていそうなお店ばかり、その中の1件に入りました。ちょっと古い作りですが、なかなかいい感じのレストランです。ira0302

ナビ担当がメニューを読んでくれて、(英語バージョンもありました)名物のオムレツやアップルシードル(リンゴの蒸留発泡酒)、ムール貝のスープなどをオーダー。これらはアンティパスト(前菜)の部類なので、他に魚介類のメインやサラダを取りました。
余談ですが、フランス(ヨーロッパは大抵そうなのか?)でレストランに入ったら先ず飲み物、水(ガス入りかノンガスか聞かれる)前菜(大抵スープ類とかサラダ)とメインを、食べ終わったらデザート、コーヒー(食後はなるべくならエスプレッソにする事、間違ってもカプチーノやカフェオレを頼んではいけないそうです。)といった順にオーダーするのが原則みたいです。

ira0303 さて、名物のオムレツは、というと2人ぶんが差渡し4,50cmの楕円の大皿に乗って来たので皆ビックリ!(画像はお取分け) えっ、これ2人で食べきれる?ご心配なく、中はスクランブルエッグにカスタードをクリームを入れたふわふわ状で、オムレツというよりお菓子みたいです(あ、撮る間もなく、もう食べ始めてます)。
ムール貝のスープは1人前なのに貝がてんこ盛り!で貝好きの私は大喜び、50個くらい入っていたのではないでしょうか!ただ養殖で使ったと思われる2mmくらいの緑色のテープが殻についたままお構いなしに調理されていました。でもクラムチャウダー風のミルクスープはガーリックが効いた塩味で貝によく合っていて、リンゴのお酒も素朴なリンゴの味がして美味しかったです。時間によってはオムレツを作る実演もやっているみたいです。で、どこか分りませんが、このオムレツには元祖店があるらしい(すごく高いとか)。でもフランスにも元祖ってあるんですね^0^

攻略開始
お腹もいっぱいになってみんな元気を取り戻し、いよいよモンサンミッシェル攻略に向かいます。一体どんなところなのでしょう、、。
レストランから更に登っていくと普段運動不足の私にはかなり辛い階段があって、登り切ったところに券売所があります。そこにパネルで説明書きがあるのですが、フランス語と英語だったと思います。読む間もなく中に入りました。
(画像は案内のパネル)ira0304

日本語のパンフレットに拠れば、8世紀、文字通りサン・ミッシェル(聖ミカエル・大天使)のお告げで司教が造った教会が始まりで、その後ベネディクト派の修道院となって修道僧が皆でコツコツと造りあげていった建物だそうで、いえ、過去形でなく今も改装の真っ最中で、トレードマークの尖塔にまるで五重塔のような外輪を付ける工事のようでした。
1千年も前から現在に至ってもまだ設計図のない増改築を繰り返して来ているということでしょうか。

中に入ると分りますが、修道院といっても建物の外部も内部もデザインや設計に一貫性は全く感じられず、壁は切り立ち、内部は地下や階段が迷路のように続き、対岸のイギリスを睨んで意図的に複雑にして造られた「海に囲まれた要塞城」ということがよく分ります。此処の修道僧はいわゆる僧兵でしょうか。(画像は逸話で大天使ミカエル(サン・ミッシェル)に頭を小突かれて建造を催促される司教のレリーフ:内部の壁)

ira0305 実際此処は百年戦争の時も、唯一イギリス軍に陥落しなかった所らしいです。またジャンヌ・ダルクは『モンサンミッシェル!』(我聖ミカエルよ!)を戦いの掛け声にしていたとか。モンサンミッシェルのモンは山(Mont)ですが、この場合のモン(Mon)はMyの意味ですね。シャレなのでしょうか?まさか、、。そういえば先ほど通過してきたルーアンという町はジャンヌ・ダルクが処刑された所で、現在記念館が建っているそうです。
またこの対岸に当たるイギリスにはサン・ミッチェルズ・マウントという(早い話、モン・サンミッシェルの英国版)全く同じような場所があるそうで、聞くとなんだか二番煎じでウソのような話ですが、ナビの者が後日イギリスを旅行中に偶然その近くを通って目撃したそうで、本当に外観はモンサンミッシェルにそっくりだったそうです。

さてモンサンミッシェルの正体が解かったところで内部をご案内しましょう。
といっても単に「順路→」に従って廻っただけなのですが^^、それも中は暗く(自然光)ダンジョンのようになっているので、方向感覚がいくらよくても自分がこの建造物の何処にいるのかが分る人はまずいないでしょう。同行者達とはぐれても観光客が必ず周りにいるので一緒に付いて行けばいいのですが、もし私1人だったら出口まで辿り着くのに3日は掛かりそうです。

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こんな感じで石を積み上げて造られた壮大な城砦の内部を2時間ほどかけて見学し、お土産店に寄ってさっきの駐車場に戻りました。ひとつ特記すると、順路に示された出口は、きっと後で、あ、此処がそうだったの!という処なので、今後行かれる方はちょっと覚えておいて下さいね。(それまでに変わってなければいいのですが、、)ところでこのモンサンミッシェルの島は潮の満ち引きの速度が異様に速いことで有名らしく、昔は干潟を渡って来る巡礼者が、あっという間に潮が満ちて来ておぼれて亡くなったりしたのだとか。この時点では下のように陸続きになって、その速度も昔ほどではなくなったというのですが、また元の孤島に戻す計画らしいです。

上から見たさっき停めた駐車場:対岸の島へ干潟を歩くツアー(要ガイド)

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日が暮れてパリ

高速道路で、、
帰りはちゃんと高速道路に入れるようナビがしっかり地図をチェックして気を付けたので、割とスンナリ入口に到着しました。これで一安心。さてそろそろ残り少なくなっているガソリンを補給しないと、、と、ガソリンスタンドのマークを見つけて、次のSAとおぼしき側道に入りました。
入ると道が分かれていて、右にスタンドとコンビニ風の店があったのでウインカーを出して
進路を変えようとした時、何と!後から来た水色の車(セダン車種不明)が、猛烈な勢いで車の右横をすり抜けて行ったのです。
気付いたのは私だけというくらいあっという間の事で、今一呼吸早くハンドルを切っていたら、と思いぞっとしました。全くこの国のドライバーはホントに油断も隙もないです。
此処で給油したり、コンビニ風のお店でガムや飲み物を仕入れ、ついでにおトイレも借り、一息つきました。
今は日本もセルフが主流になりましたが、こちらはスタンドは全てセルフです。此処は油種を選んで給油し、出たチケットを店に持って行って支払う、というシステムでした。クレジットカードが使える(機械に自分で通す)ところもあるようです。
さて、休息もしたし、ガソリンも満タン。行き同様殆ど車がいない高速道路を、枯れ草ばかりのノルマンジー丘陵地帯の景色を横に見ながらパリに向かって快調に走っています。

道路は概ね片側2車線でしたが、場所によっては3車線になったりします。制限速度は130km/hで、一部の区間90kmとか110kmと出ているところもあります。右側に出入り口があってちょっと違和感がありますが、これはすぐ慣れてしまいました。

借りた車、セニック’のスペックはよく分りませんが、大人が5人乗って頑張って踏んで160km/h+出るし、登り坂でもパワー不足は全く感じなかったし、燃費もよくスムースに運転出来ているので、レンタカーにしては十分「◎」です。

5時を過ぎるとパリ方面は次第に車が増えてきました。
高速での車速は一番右が約130km/h、中央で150~160km/hくらいでしょうか、140km/hだと低速車線です。
160km/h で底いっぱいまで踏んで真ん中を走っていると、後から来て私を避けるように左に車線を換えていく車も何台かいました。左の追越車線からはサーッと抜かれるのですから、最低でも180km/h、いやもっと出しているに違いないと思います。それもスポーツカーとかGTパワー車などでなく、普通~の20や30系プジョーとか、日本では見られないような古い箱型シトロエンなどがそんな速度で走っているのです。
スポイラーや特殊なマフラーやウイングを付けて改装している車は、パリでこの後4日過ごしましたが一台も目にしませんでした。欧州は慢性の水不足で、買ってから一度も洗っていないような泥で汚れてる車ばかり目立ちます。超高級車は別として、単なる移動手段と割り切っているのでしょうか。でも一旦走れば日本の制限速度をはるかに上回って、今日二回も経験したように、私みたいなトロい車を追い越すのは当然らしい?です。

*)高速道路は行く方面の主要地の名前とその方向を認識していれば、標識の表示はとても分り易いので初めてでも迷わずに行けそうです。あと、地図には高速道路はA、国道はNR県道はDで表示されています。色分けで示されている地図もあります。
因みにレンタカーショップの地図には、

ira0314Autoroute (高速道路)Voie Rapid(自動車専用道路)Route a'4Voies(4車線道路)Grand itine'raire(国道級)Itine'raire secondaire(2級国道)Route de liaison principale(県道)Route secondalire(2級県道)Petit route(抜け道)
といった分類で線が描かれていました。

*(括弧)内は私が勝手に付けました^^。

パリに入る前に料金所を2度通過しました。料金所の窓口ではちゃんと係りの人に挨拶するのが普通だと言われて事前に練習、『ボンソワ:こんばんわ』といってお金を払い、『オーボワ:どうも<意訳^‐^』と言って出ました。金額は4eと7eだったと思います。ETCにする前は日本の料金所でもちゃんと挨拶してたンですよ、それに出口で道も聞けたし、、。便利になると人との触れ合いはなくなっていきますね。

この日は土曜日、レンタカーショップには8時までに返しに行かないと閉まってしまいます。
此処までは順調に予定以上の速さで来れたのですが、パリの環状道路に入った途端もう混雑が始まっていて、4車線くらいある上に合流もあるし、何処で出るかも分らなくてウロウロ走行。ともかく右寄りの空いている車線を走って、市内に入れば何とかなるというので一番近い出口の車線から市内の一般道路に脱出しました。

そのまま市内観光ドライブ
ところがナビが、出た位置がよく分らなくなって、裏通りを徘徊走行です。表通りは違反駐車はないのですが、まごついてちょっと速度を落とすと、もう即車線などお構いなしに両側からでも抜かれてしまいます。また一本裏道に入ると道の片側のは名物のぎっちり車間なしの縦列駐車の列。フランスでは購入時に車の保管場所を届ける必要はなくて、こういった公道が勝手に保管場所にされているらしいです。歩行者は赤信号でも平気で渡るし、自然法主義というか我が儘というか、、さすが私法が発達した国です。

しばらく走って、景色からどうやら’リブゴーシュ’と言われるセーヌ河左岸に降りてしまったようだと判明。私達のホテルやレンタカーを借りたガル・ド・リヨンは河の反対側です。
↓サンジェルマン通り通過中

ira0315凱旋門まで行けば道が分かる、というのでそのままついでに観光ドライブになってしまいました。長時間運転している私を労わる言葉もなく、みんなセーヌ沿いに走る窓の外のパリの景色に見とれています。こっちは緊張して景色を見る余裕もなく運転に集中しているのに、、。

ira0316でも後で、パリに住んでいた友人に、よく市内を運転できたわね!と言われて、思い出にもなったし、ま、良かったかナ。
(画像:ライトアップのエッフェル塔、左にセーヌ河、観覧車はコンコルド広場)

ira0317さて、パリを半周したところでやっと朝出発したホテルのそばのレンタカー営業所に到着!Pエリアに車を停めた時には、ようやく重い肩の荷を下ろした気分でした。
一応車の周りを点検し、何も異常がないことを確認して、証拠にVTRでも撮影して(後で何を言われるか分らない、と猜疑心)鍵を持って返却に。ところが中にいたのは夜なのに3人の従業員のおねぇさん達。それもこっちがいるのを見ているのに私用の電話を続けているのです。呆れて違う人に声を掛けると、あっちの人が担当だから、なんていう始末!(何故か言ってる事は分ってしまうんですね。)本当に典型的なフランス人の店員。我ままで無愛想。外で待っている者達に、土曜は早くレストランが閉まっちゃうよ’と催促されるのですが、フランス語で文句が言えるわけもなく、イライラしながら待っていると、奥にいた女性がやおら出て来て、鍵を受け取ると書類にバン、と(返却)の判を押してをしてこっちにハイッとばかりによこしただけ。え、それでお終い?10秒もかからない手続きなのに、10分も15分も待たせるわけ!オマケに車の確認は全く無し。大手のチェーンなので付いてたアンケートに苦情書いて出してやる!、、と憤慨しながら見たら、
そのアンケートってフランス語でした;;)

インシャラー
日本に帰って暫くしてカードの請求書が来ました。確認していると、あれ?おかしい、、
レンタカー会社からの請求が借りた時書類に書かれた価格とかなり違います。
ガソリンが入れられなくて満タンにしなかったので24,000円くらいと思っていたのが、
36,000くらいの近い請求なんです。あのお姉さん達がいい加減で適当なことをやったに違いないと思い、カード会社に電話を掛けて事情を説明し、その時受け取った書類も送りました。するとパリまで詳細を問い合わせてくれたらしく、暫く経って返事の電話がありました。聞くと、ガソリン代の請求(かなり高目)、保険料が加算されていたという事でした。保険なんて聞いてないよ~~。
何故返却の時にその伝票を寄こさなかったのか、文句が言いたくても(言えないけど^^;)後の祭り、釈然としませんが今更なので、一生懸命調査して下さったカード会社の方にお礼を言って電話を切りました。そういえば保険の語源ってインシャラー((アラーの)神にお任せ!)でしたっけ、、レンタカー料も神にお任せ?

今回の反省とご教訓

・やっぱりフランス人の運転には更に、要注意!
車線を守る概念はないみたい。赤で渡る歩行者にも、、。

・高速を使う時は小銭のご用意を。フランス語が出来なくても
彼女(彼氏)を乗せて高速の窓口で係りの人に通りすがりに、
ボンジュール、ボンソワ、オーボワ、メルシー、などの挨拶をすれば、カッコよく決まってあなたもフランス通!

・高速道路は本当に高速なので、最低でも140kmはキープでしょう。
こんな速度出した事の無い方は前もって日本で練習・・・って訳にいかないですね^^;。

・パリの外周環状道路は何処かに出ない限りぐるぐる廻って元に戻って来ます。
降りる時はセーヌ河の右岸か左岸か、にも注意。

・車で凱旋門にはなるべく慣れるまで近付かないほうが無難みたいです。ira0318
→こんな状態に巻き込まれたくなければ、、。
(撮影は翌年)

・レンタカーを借りる時は前もって保険料やTAXも確認。ちゃんと、全部含めていくらと聞いて、明記して貰ったほうが無難です。>以後気をつけま~す。

・返す時は満タンで!ってお約束ですが、借りる時レンタカーショップの近くを聞いておきましょう。

・そうそう、パリの店員さん。感じ悪い人ばかりではありません。気さくで親切な人もいっぱいいます。誤解なきよう。

*)ガルドリヨンちょっと案内
*ガルドリヨンで泊まったメルキュールホテル入口から道路を挟んで前角のレストランはお勧めです。変った肉料理もあります。特に洋ナシのソルべは最高に美味しい!(角で、店の前に魚介類が出ているので分ります)

*ガルドリヨン駅上のル・トランブルーというレストランは歴史的建造物にも指定されている古い有名なレストランだそうです。(後で知った。)チャーチルとか名士も来たお店だとかで、食べに行った友人に拠ると天井や壁の壁画がアンティークで素晴らしく、また食事も美味しかったそうです。

これで日帰りのモンサンミッシェル行きドライブツアーの長い1日が終わりました。
片道4時間、現地で3時間半、帰りは3時間。その間に何と多くの出来事があったのでしょう。たった一日でもうすっかりフランス通になって・・・ないって!

(次回はロンドン~湖水地方へピーターラビットを探しに、です。)

text by iraneko | 2005.09.20 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)

September 13, 2005

第2回:パリ~モンサンミッシェル、日帰り800kmドライブの旅その2

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

モンサンミッシェルへの道


パリで洗礼?

やっとの思いで借りられたレンタカー、左ハンドルMT車での右側走行は初めてなのですが、方向感覚の良いナビもいる事ですし、運転席に座ったらもう何も考えず兎に角アクセルを踏んで前に進むという作業に専念・・・とはいっても交差点はやはりまだ怖くて、(右折は小回り左折は大回り、)と頭の中で唱えながら曲がっていました。
そして思ったより早くスムースに(一回のミスコースで)高速の入口に辿り着いて、これで当分は交差点であたふたしなくて済むと思ったのに、そこはまだ高速道路でなく単にパリ市内の周囲を周っている自動車専用環状道路だったのです。

3車線なのに結構車が詰まっているように見えましたが、走行速度が意外に速くて、合流の際も日本の追越車線くらいの速度で通過していく車の流れに乗り切れず、入りそこなってクラクションを鳴らされてしまい、皆を怖がらせてしまいました。制限速度110kmという標識が出ていましたが、実際は皆最低でも120km/hは出しているでしょう。ちょっとアクセルと気を緩めると、即追い越しをかけられます。しばらくは戦々恐々と運転していましたが、やっと肩の力を抜いて運転出来るようになって、中央の車線を’高速道路の風景は何処の国も変わらないナァ、、’などと考えながら走っていると、突然!目の前に車が、それも一触即発のテールトゥノーズの距離にいきなり横から割り込んで来たのです。目が点になっているだけの私、後の席の者達が’危ないっ!’と大声で叫びました。
そんな危険な追越をかけた車はフランス人?のご年配のおば様が運転する古いシトロエン。さすがに向こうも焦ったらしく、’今のはちょっと危なかったわね’といった顔つきで振り向いていました。
私の車を抜いて前に出ようとして目測を誤ったのでしょう、ぶつからなかったのは本当に幸運でした。
でもフランス人ってこんな風に誰もがスキあらば追い抜こうと、レースみたいな運転をするのでしょうか、、早くもフランス式洗礼を受けてしまいました。


急がば周って
ミスコース

ともかく無事だった事に感謝しつつ気を取り直して走っていると、高速道路の環状線だった筈が、両脇に家や建物があったりレストランや看板があったりする日本の国道のような道になって来て、ナビが、『あ、間違えた!』と声を上げました。環状を出る分岐点を間違え、今、ミスコースに気付いたらしいのです。
予定した環状線から北西に向かう高速道路(Autoroute)に乗れば、ほぼ1本のルートでモンサンミッシェルの近くまで着ける筈だったのに、、。
下道でいいならこの道でも行けるというので、出発が1時間以上遅れている事を考え、戻らずにこのまま行く事にしました。

道は見通しの良い直線の道路に変わって来て、景色も遠目にポプラ並木、道の両側は収穫後の麦畑でしょうか、麦わらが大きなロールケーキのように巻いてあって時折、牛(黒白のブチは見かけず、薄茶色のジャージー種?ばかりで、牛もフランス風の顔をしているらしい)が放されていたりで、右側通行という点を除けば、本当に北海道を走っていると錯覚しそうな道です。

ふと気が付くと、すれ違う車も、同じ方向に向かう車もいなくなって、視界の範囲で走っているのはこの車一台だけ。たま~に大型貨物が地平線のようなずっと先の対向車線に姿を現すのですが、この大型貨物がまた凄いスピードで走行していて、これと左側ですれ違うとこっちに突っ込ん来るように感じられ、思わず避けそうになってしまいます。

しかし片側2車線の道路で、後にも前にも車が全くいない、ガードレールも横断歩道も(歩道橋も)信号も無い、勿論高速道路でもない、殆ど一直線の一本道をずっと5速入れっぱなしの120km/hで安定クルージング走行しているというのはいささか退屈な気分です。

それまで後ろの席で爆睡していた1人が急に起き上がって、トイレどうしよう、、と聞いてきました。あ、そっか、てっきり高速道路で行くつもりだったので、サービスエリアがあると期待してミネラルウォーターのボトルが数本あるだけで、他に何も持って来ていません。何処かに停めなくちゃ、と思っていると反対車線の路肩に幅員があって、なにやら小さな建物が見え、車が1台その前に止っています。あれってトイレじゃない?、ということはこっちの車線にもある筈だと思って走っていると、ありましたぁ!Pのマークが見えて、路肩の休息所です。ira0201

早速ピットイン、みんな降りてそそくさとトイレに直行。お世辞にもきれいとはいえずニ度と行きたくない、と思ったけれど非常に助かりました。

周囲は小奇麗でゴミもなく、小さな公園といった感じです。        
当然何処かに自動販売機があると思って探したのですが、何処にも見当たりません。
後で聞くと、ヨーロッパに自販は無いという事です。そういえばパリで1度も見かけなかったし、、で、その理由は盗まれるからだとか。
というわけで、此処では水分の補給は出来ませんでした。(画像はトイレ休憩記念写真^^)

そして次の難題は今まで見たことが無い標識。円周の中から道が枝分かれしている図が描いてあります。

「あれは何のマーク?、一体どう通ればいいの?」

ナビ君は何回かフランスを車で(乗せてもらって)走っているので、
「ロータリー式の交差点だから、書いてあるように入って行きたい処で出ればいいんだよ。」と簡単に言いますが、極度の方向音痴なのできっと一旦円周を周り始めると何処から入ったか何処に出るのか分からなくなってしまうと懸念、やはり思ったとおり、まっすぐ行くのに左に出てしまい、また戻って来る羽目になってしまいました^^;

ira0202図:ピンクのラインのように周って各ルートに抜けて行く

このロータリー式の交差点、「ラウンドアバウト」と呼ばれるモノはローマ時代からあったようで、信号機が付かないところでも安全な交差点が出来、現在でもヨーロッパでは増えているらしいです。これなら入る前に必然的に止まらざるを得ないので、信号無視で突っ切る車がいなくなりますね。

それからしばらく走っていると、道が時折村や町に入るようになりました。道の両側に村(町)があって、たいてい教会の塔がそびえているのでちょっと遠くからでも近くに村がある事が分かります。道沿いに小さな店がいくつか並んでいたり、スーパーマーケットや郵便局、銀行、GSがあったりして、この道路がそのまま村の目抜き通りになっているわけです。また村の手前には必ず信号があって、120km/hの速度のまま侵入したりはしませんが、何故か殆ど道を渡る人がいないのが不思議に思えました。
村や町の入口には村(町)の名前を書いた立て札が、また村(町)が終わる処には[××村、ここまで]の立て札が立っています。
走る先々にこうした村が次々と現れて来たので、道は単調ですが飽きずに走れました。


ルーアン、カァン、その先が・・・

ira0203
さてやっと最初の目的地、パリから約120kmのルーアン(Rouen)の街に着きました。これで1つ目の課題をクリア。此処は乗りそこなった高速道路の通過点なのですが、カァン(Caen)という名前の入った道路標識が出ていて、 このままそのカァンに向かって走ります。(画像はカーンのロータリー)

そしてまた同じように続く道を140kmほどひた走り、カァンに着きました。このあたりでもうそろそろモンサンミッシェルの標識が出てくる筈だとナビが言っていると、目の前に
「 Le‐ Mont-St-Michel
 」
と書いた標識が見え、横にその絵まで描いてあります!これで一安心。ようやく目的地を実感できました。
ここでロータリーを右方向に行くのですが、標識があるにもかかわらずまたミスして入り直しです。私にはこのロータリー方式ってとっても複雑に思えるのですけど、、。

でも、もうあと140kmほどで目的地のル・モン・サンミッシェルです。頑張って走るゾ!

カァンを過ぎて暫くすると、途中に面白い村を通りました。道路の左右にある家々がみんな小人のフィギュアを付けているのです。かなり大きなもので、煙突を登っていたり壁に張り付いていたり、、。日本でもよくビルなどにこういった大きなフィギュアがついているのを見かけますが、それが普通の家に付いているのですから驚きです。何か意味があるのでしょうか?余程車を停めて写真を撮ろうかと思ったのですが、まだ先が長いので諦めました。
(帰ってから、やはり撮っておけばよかったと後悔)

登り下りの急勾配を何回か過ぎ、道の周囲の土地が明らかに低い事が分かってきました。丁度琵琶湖の周辺とか潮干狩りに行った木更津の風景に似ている気がします。

あ、モンサンミッシェルが見えた!

と、後ろの席から声が、、
ira0204
遥か右前方に蜃気楼の中にたたずむようにクッキーの包み紙と同じ特徴のある姿が霞んで見えて来ました。しかもこれは実物なのです。
でも、まだ何キロも先にあるように見えます。実際2,30kmはあったようでした。

これまでずっと真っ直ぐだった道が、急に農道のように狭く無舗装になって曲がりくねって行き、更にその先がパッと開けて、ホテルやレストラン、お土産ショップなどが並んで観光地らしくなった所に来てようやくモンサンミッシェルが大きく目の前に現れました。(画像は車窓から見えた遥か先のモンサンミッシェル)

そのまま走って行き止まりにある広く砂浜のようなPに車を停めました。料金は7e(ユーロ)だったでしょうか、季節外れとはいえやはり名所、何といっても世界遺産です。車も結構停まっていて大型観光バスも数台来ていました。何時間も運転して来てようやく車から出ると、目の前にあのモンサンミッシェルの実物が建っていたのです。

ira0205今回の反省とご教訓

*地図は道に迷う前に確認しよう。

*右側通行の国に行って慣れない交差点では、右折が小回り左折が大回り、とおまじないを言いながら入ると結構上手くいきます<iraneko体験談

*フランスの道路脇にはコンビニや自動販売機はないので
下道をドライブする時は飲み物と食料は持参しよう!あ、トイレ用ティッシュペーパーも忘れずに、、。

*ロータリー式交差点(ラウンドアバウト)で迷ったら、落ち着いてもう1周。
勿論納得行くまで何周してもOK!回数は無制限です。

*フランス人は高速道路でなくても、どこでも追い越してきます。
左右の後方を確認しながら走りましょう。
特にシトロエンのおば様ドライバーには要注意!

*もし小人のフィギュアが張り付いている家を見かけたら、どんなに急いでいても
必ず写真を撮っておくこと。(後で後悔しないように、、、;;)

そうそう、この(↑写真)駐車場は潮が満ちる午後7時頃になると水没するそうです。
此処に止める方、お気をつけて。   (続く、、)

(予定した観光編は次回になります。すみませんm(_)m)

text by iraneko | 2005.09.13 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (12) | トラックバック (0)

September 06, 2005

第1回:パリ~モンサンミッシェル、日帰り800kmドライブの旅

レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ by iraneko

皆さんはじめまして、こちらにコラムを書かせていただく事になったiranekoです。
ヨーロッパを旅行中レンタカーを借りて観光地へドライブ旅行した体験と、折々に垣間見た
日本とはちょっと異なる道路や車事情などをご紹介して行こうと思います。
いつもサザエさん以上の早とちり&そそっかしい私が書くこのコラムを読まれたら
ヨーロッパをドライブ旅行するのはちっとも難しくはない事がわかっていただけて
旅行日程にドライブを組み込んで楽しまれる方々が増えることと確信しています。
ご紹介する予定のドライブ旅行先は

・パリ~モンサンミッシェル
・ロンドン~湖水地方
・ミュンヘン~フランクフルト(ロマンチック街道・古城街道)

です。どうか最終回まで宜しくお付き合いお願いします。

出かける前の一悶着

2001年1月、パリに家族や身内の者と総勢5人で1週間ほど旅行することになりました。
パリに行くのは初めて、前々からフランス製クッキーの包装紙にまで描かれている
「モンサンミッシェル」という不思議な建物と場所に興味があったのですが、たまたま買った
雑誌にモンサンミッシェルの解説とパリからの簡単な道路図が載っていて割りと簡単に行けそうに
思え、早速この旅行の行程にモンサンミッシェル行きを入れました。
そしてこの地図につられてレンタカーで行くことにしたのです。

幻?のモンサンミッシェル↓
nc_MS01

勿論運転は私が担当。(他に海外で車を運転しようというものはいない)
レンタカーは飛行機のチケットを依頼した旅行代理店に頼んで手配したのですが、この時レンタカー
に関する確認書がなかった事が少し気がかりでした。
そこで、成田空港で念の為代理店に最後の確認の電話を入れたのですが、

『大丈夫、借りられますから。』

という担当者の返事にちょっと不安な予感が残ったものの、一応安堵して成田を出発しました。

パリには夕刻到着。在住先のジュネーヴからTGVでやって来る家族の者と終点(始発)のパリの
ガル・ド・リヨンという駅(東京だと上野駅みたい)のそばに建つホテルで合流、翌日レンタカーを借り
モンサンミッシェルに向かう予定になっていました。
彼はパリには何度か来ていて、買い物とレストランで通用する程度のフランス語ならなんとか
読み話せるので、ナビは任せるからミシュランの地図を買って道路をチェックしてくるようにと
頼んでおきました。

夜、皆でホテル近くのレストランで夕食をとり、明朝早出なので早々に就寝。
しかし明日のドライブ、自分が言い出したものの、果たして皆を乗せて無事に目的地に着けるのか、と
心配しつつ眠りに就きました。

さて翌朝、窓の外はいかにも‘パリの冬‘といった典型的な天候。
うす曇りながら、雨は降らないようです。
ホテルで朝食を済ませ、前日場所を確認しておいたガル・ド・リヨン駅近くの予約のあるレンタカー
ショップに8時の開店と同時に入店しました。
応対に出た男性のスタッフに、レンタカーを予約している旨を簡単な英語で伝えると、PCをチェックした
そのスタッフから、『あなたの名前の予約は入っていない。』と言われてしまったのです。
成田の予感が的中。

「えっ!でも××という旅行社を通して予約が入っているはずです」

と食い下がり、再度調べてもらった結果、やはりそんな予約は入ってない、というのです。
相手も英語は堪能ではないようですし、こちらもカタコトの英語でこれ以上問答しても仕方なく、改めて
レンタカーを借りる手続きをしたいと、国際免許証とクレジットカードを差し出しました。
ところが相手は『このカードでは車は貸せない、クレジットカードはゴールドかアメックスでないとダメだ』と
言うのです。
皆で顔を見合わせて???でも誰も該当のカードを持っていません。

『パリはスリが多くて危ないから、余計なカード類は持って来ない方がいいと言ってたじゃない!』

と言って私を睨む身内。その実私も他の者もカードは普通ので、1枚しか持って来ていません。
来る前にパリの事情を色々と調べて気遣ったつもりがアダになってしまいました。トホホ。
あぁ、これでモンサンミッシェル行きはおジャン!1日がフイになるのか、
なんとも諦め切れなくて、いや、ダメ元で一応他のレンタカーショップに行ってみようと提案。
一件くらい貸してくれる所があるかも、と淡い希望を持って同じ駅の構内にある別の看板の
レンタカーショップに入りました。

nc_AVS1

「モンサンミッシェルに行きたいので今日1日レンタカーを借りたい。予約はしていません。」
と(カタコトの英語で)いうと、またクレジットカードの提示を求められ、さっきの店で「×」になった
ゴールドでないカードを差し出しました。
ショップのスタッフはまじまじと裏と表を確認・・・しても日本語で書いてあるので分かる訳も
無いのですけどネ^0^
それで住所と電話番号を書かされ、カード会社に確認を取っている様子です。
ryu=通りの事と分かったり、県名を指して‘Prefecture’だと英語で説明したのが通じて何とか
納得され(こんな些細な事でも言葉が通じるって大事、と実感)
20分ほど電話でやり取りがあってようやくカード会社の確認が取れたらしいのですが、更に
日本の自宅にまで電話を掛けて、その電話が実在するかどうかまで調べていた様子でした。
そこまでして、ついにスタッフがゆっくりうなずきながら、

OK!

と言う言葉を発したのです!
やった!バンザ~イ!これでレンタカーでモンサンミッシェルに行けるゾ!!
とほっとした途端に今までの緊張が解けました。
パリの店員は皆アバウトで高慢と話に聞いていたのですが、このスタッフさんは 一元の日本人の
グループが車を貸りられるよう一生懸命やってくれたのだと思います。
早速、沈んだ様子でやり取りをじっと見守って待っていた皆に
「車借して貰えるって!」と嬉しそうに報告すると、えっ、本当!?と皆パッと笑顔になりました!
車は5人乗りのミドルクラスをオーダー、手続きの書類にサインをして、案内されゾロゾロと階下の
パーキングに行き、そこでキーを渡されて示された車は‘セニック’というの5人乗りワゴンで
左ハンドルの5段MT車。

nc_sen2

日本でNISSANと提携して売り出したツインゴに似ていて間違えましたが、ちょっと大きめです。
レンタル料は24時間で日本円だと約20,000円。
このクラスの車にしては高いですが、この際とても文句なんか言えません。もうただただ有りがた~~く
拝借するのみです。
当初目的地モンサンミッシェルまで約400km、高速道路で4時間と見て正午到着の予定していましたが、
時計は既に9時を指していました。
約1時間も窓口で交渉していたわけです・・・長かった~。

皆これまでの暗い気持ちを吹き払うかのように勢いよく乗り込み、スタンバイOK。
さ、出しますよ~!と一旦バックさせて出る筈・・なのですが、日本の車とは点対称の位置にあるRに
ギアを入れているにも拘らずバックしないでどんどん前に行ってしまうばかり!
あ、ぁぁ前にある車にぶつかる!ど、どうしよう、と動揺していると、咄嗟に家族の者からレバーに
はまっている輪ッかごと引き上げてみればと言われ、やってみたら見事に後に動き出しました。
すったもんだの末ようやく乗れたと思ったら、1cmも前に進んでいないのにまたしても冷や汗!
やれやれ、この先が思いやられます。

車はハンドルが左でシフトレバーが右ですが、これは少し走れば慣れます。
それより最初のうちは右側通行と右左折するのが怖かったです。交差点で反対車線に入ろうとしたり、
なにせ運転している自分で怖いのですから、後に乗っている者達はもっと怖かったでしょう。
ナビがいてくれて助かりました。

今回の反省とご教訓

フランス式レンタカーの正しい?借り方

・慣れない海外旅行先でレンタカーを借りる場合、出かける前に予約して書面で確認。
・レンタカー会社のサイトから直に申し込めば自分で確認書のプリントアウトが出来るので確実です。
・パリでその場で借りるならゴールドカードかアメックスを持参するべし、ですね^^;
・車は動かす前に操作方法を確認する>当たり前ですが・・・・。
・レンタカーショップの周辺道路の地図を貰う。
(大手のレンタカーショップはたいてい付いて来ます。)

ハワイやアメリカでレンタカーを普通のカードだけで簡単に借りられたという話を聞いていたので、
ヨーロッパでも同じように簡単だと思い油断してしまいました。
確かにレンタカー会社にしてみれば、しっかりカードや身元確認をしないと
(パスポートよりカードが先)他の国に乗り逃げされたり、売却されたりする恐れがあるのでしょう。
尚日本で発行された「国際免許証」は今まで提示を求められた事はなく、
提示しても身分証明にならず、参考程度にしか見てくれません>ふ~ン、という感じ。

ということで、まだパリ市内。

モンサンミッシェルまであと400km!はぁ。。。

(次回はモンサンミッシェルへの道と観光案内です)

text by iraneko | 2005.09.06 | [ レンタカー ドライブ道中記:ヨーロッパの観光地へ ] | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (1)




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